そこに居ます VII

 


「ただいまー」

と晶生がなんとか無事に貞操を守って家に帰ると、沐生が居た。


 ダイニングテーブルに座り、母親と話しながら、ソファの向こうのテレビを見ている。


「……おかえり」

と思わずこちらが言ってしまい、母親に、


「なに言ってんの。

 帰ってきたの、あんたでしょ」

と言われてしまった。


 母親は、あんたもお茶飲むー? と言いながら立ち上がり、キッチンに行った。


 うんー、と適当な返事をしながら、晶生は沐生を見ていた。


 なんでまた居るんだろうな、と思う。

 いや、自分の家なんだから、居ていいんだが。


 最近、やけに帰ってくるな、と思いながら、お茶を淹れて戻ってきた母親と三人で、沐生の映画の話をする。


 遠藤のホテルで撮影したやつだ。

 公開はまだだが、母は楽しみにしているようだった。


「あーあ。

 自慢の息子なのに。

 なんで、あんたがうちの息子だって言っちゃいけないの?」


 そう息子に甘えて言う母に、沐生は素っ気なく、

「芸能人の家ってわかると、嫌がらせされるから」

と言う。


 すると、母は、

「あら。

 どのみち、此処には、元芸能人が住んでるじゃない」

と晶生を指差す。


「……お母さん。

 私のそれ、ご近所さんにすら知られてないから」


 っていうか、普段まるきり忘れてるくせに、と思う。


 それに、汀たちが言うように、最早、当時の面影もないようだから、そうそう気づく人間も居ないだろう。


 よくわかったな、田所真奈美、と思った。


 でも、変わった変わったってみんな言うけど。

 あの事件の前、自分がそんなにピュアだったかと言われると違う気もするのだが。


 だって、そんな純真な子供だったのなら、追い詰められたからって、あんな簡単に殺人なんて犯せるはずがないと思うから。


 せいぜい、泣いて警察に訴えるくらいだ。

 ま、そしたら、今、沐生も自分も此処には居なかったかな、と思いながら沐生を見ると、彼はあまりこちらを見ずに立ち上がる。


「晶生。

 この間貸してた本返せ」


 あ、うん、と反射的に、ついて立ちながら思った。


 本なんて借りてないが。

 まあ、部屋に来る口実だろう。


 なんとなく母親を窺うと、彼女はニュースを見ながら、台所を片付けていた。


 既にこちらには関心がない風な母を見ながら、晶生は思う。


 本当に気づいていないのかな? と。


 本当になにも。

 私と沐生のことも。


 ……あのとき、私のしたことも。


 それはそれで寂しいような、と思いながら母親を見ていたが、自分の視線を沐生が追っていると気づき、晶生は、すぐに逸らしてしまった。



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