霊の居処 IV





 夜中に晶生は目を覚ました。


 一瞬、顔の前にいつもの男の霊の顔があった気がしたが、それはすぐに消えていた。


 制服に着替え、外に出る。


 広い通りまで出て、タクシーを捕まえた。


「すみません。

 貫井(ぬくい)ダムまで」

と晶生が言うと、その若くおとなしそうな運転手は妙な顔をした。


「……この間、殺人事件があったところですよね」


「はい」


 タクシーは出発したが、しばらく沈黙が流れる。


 車が赤で止まり、運転手がウインカーを出す。


 街中を外れる前に、どうやら、澤井というらしい、その運転手が声をかけてきた。


「あの、こんな時間になにしに行くんですか?」


「ああ。

 お花を手向けに」


 いや、貴女、花持ってませんけど、という視線を感じた。


「……花屋に寄らなくていいんですか」


「大丈夫です」


 車は山へと入っていく。


 緊張している気配をビシバシ感じていた。


 おかしいな。

 暗い山道で男の人と二人きり。


 こちらが緊張する方だと思うのだが。


「……私、霊じゃないですよ」

と言うと、


「えっ?」

と明らかにビクついた声で澤井が訊き返してくる。


 今、車が蛇行したぞ、気をつけろ。


 真横はガードレールのない崖だ。


 本当に霊になるところだった。


 脚を組み、窓に頬杖をついた晶生は客観的に思う。


 こんな態度のデカそうな霊が居るか。


 霊ってのは、もっと神妙な顔で乗ってるものなんじゃないのか。


「あのー、運転手さん、お若いですけど。

 この仕事、どのくらいやられてるんですか?


 霊とか乗せたことありますか?」


「ま、まだないです。

 霊っぽい人なら乗せたことありますけど」


 まだビクビクと澤井は答えてくる。


 霊っぽい人ってなんだ……。


「なにかこう、生気のない人とか。

 霊かなーとか、たまに思うことがあるんですが、生きてるんですよねー。


 でも、先輩たちの話聞いてると、一度は乗せることになるみたいで」


「そうですか。

 今日がその初めての霊体験かと思って、怯えてたわけですね」

と笑うと、少し緊張が解けたように、澤井は言う。


「生きてらしてよかったです」


 いや、ダムで死んだの男の人でしょうが、と思いながら、

「大丈夫ですよ。

 貴方はそうそう霊は見ないはずですから」

と言うと、


「え。

 なんでですか」

と訊いてきた。

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