謎解きの終わりに III
晶生が堺と二人、話しながらエレベーターに乗ろうとすると、中に誰か居た。
笹井光一だった。
「こんにちは」
と晶生が言うと、笹井は微笑んで頭を下げてくれた。
他に誰も乗ってはいなかった。
「笹井さん」
と晶生は笑顔で呼びかける。
「そこ、立たない方がいいですよ。
端で壁に寄りかかりやすいから、そこに乗られるのかもしれませんが。
貴方の足許、倒れている男の霊が居ます」
はっ、と笹井は足許を見た。
「胸を押さえて、ちょっと苦しそうにしています。
波長次第だとは思いますが、見える人も居ると思うので、貴方がそこに立たれてると違和感を覚える人も居ると思いますよ」
沐生とか私とか、と晶生は思う。
「もう聞かれたかもしれませんが、中岡さんは、自分で転んだとおっしゃられてるようです」
と言うと、ちょっと申し訳なさそうな顔をする。
その顔を見て、安堵した。
「あの、中岡さんは、ピーノってお店の生クリームのシュークリームが好きなんですよ」
と言うと、わかりました、と頷いてくれる。
「ありがとうございます。
それを持って伺います」
と丁寧に頭を下げてくれた。
「うちの両親、笹井さんの番組、いつも楽しみにしています。
これからも頑張ってくださいね」
と言うと、笹井は深々と頭を下げてきた。
ロビーに降りると、堺が言ってくる。
「なんだ。
笹井さんが犯人だったの?
あーあ、たまには私も推理してみたかったのに」
なんで犯人言っちゃうの、と眉をひそめてくる。
「じゃあ、なんで、笹井さんなのか考えてみたらどうですか?」
と言うと、えーっ、今更つまらないじゃない、と文句を言ってくる。
「堺さんは、笹井さんが偽物の霊能者だって知ってましたよね」
と言うと、ぴくりと堺のこめかみが震えた気がした。
「なんで?」
といつもの顔で振り返る。
「勘が鋭いから」
と晶生は笑った。
「いえ、笹井さん、まるで見えないわけじゃないみたいなんですけど。
番組が仕立て上げてるほど見えているわけでもない。
でも、笹井さんの番組見ると、ほっとするというか。
うちの親とかこの間、泣いてましたもんね」
出来れば、このまま評判を下げずに続けていただきたいです、と言うと、
「……相変わらずの狸ね」
と言ってくる。
それは笹井のことを言っているのか。
それとも、堺に『勘が鋭いから』と言ったことを言っているのか。
踏んでる 踏んでる
踏んでるよ
笹井の霊能力は本物ではないのではないかと番組を見て思っていた。
そして、笹井がエレベーターであの男の霊を踏んでいるのを見て、偽物の霊能者だと確信した。
自分と沐生だけではなく、堺もまた、昔から、あの場所を踏まない。
沐生が踏まないせいかもしれないが。
どうも違うような気がしていた。
ロケ先でも、堺はそういう場所をすうっと避けて歩く。
例の廃墟ホテルで、遠藤を踏まなかったように。
なにか嫌な雰囲気を感じとる人は居る。
勘がいいと言えば、それまでだが。
堺に霊が見えているとすれば、状況が変わってくることがひとつあるのだが、と思っていると、堺が笑いかけてきた。
「そういえば、ジュース買うんじゃなかったの?
私が奢ってあげるわよ」
ああ、真田くんが来てから買おうかと、と言いかけたのだが、ロビーから通路に入り込んだところにある自動販売機まで引っ張って行かれる。
「さ、おにいさんは太っ腹だから、どれでも好きなのを買いなさいよ」
と笑って言うが、いやいや、太っ腹とかって、と思いながら、そう値段の変わらない自動販売機を見る。
まあ、せっかくだから、奢ってもらうか、と堺が五百円入れてくれたので、うーん、と悩んだあとで、温かいロイヤルミルクティーのボタンをを押す。
よしっ、と出そうとしたが、ひっかかって出てこない。
ガタガタやっていると、
「相変わらず間抜けねえ」
と言い、堺は側にしゃがんだ。
「中で縦になってるんでしょ。
こうしなさいよ」
とあっさり横にして、出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
と受け取ったとき、堺がふいに頬に口づけてきた。
固まっていると、
「ほんと、あんたは可愛くて間抜けね。
沐生のために、人を殺しちゃうところも」
……間抜けね、と堺は笑う。
そして、立ち上がり、ロビーの方を見ると、
「あら、小僧くんが来たわよ」
と言う。
立ち上がり、振り返ると、真田が立っていた。
こちらを見ている。
「じゃあね、ボク。
ちゃんと晶生を送っていってよ」
と相変わらず、男だか女だかわからない笑顔で、真田に言っていた。
堺はさっさと行ってしまい、真田と二人、ロビーに取り残される。
真田が笑いもせず、訊いてきた。
「お前、今、堺さんとなにしてた?」
「ああ……これ堺さんが買ってくれて。
そうだ。
あんたにジュース奢ってあげるんだった」
と自動販売機の方に行こうとすると、腕を引っ張られる。
今、そっちに行きたくない、と。
「お前、今、堺さんとキスしてなかったか?」
「いや、あれ、向こうが勝手にしてきただけだから。
しかも、頬だよ」
ちょっと迷って言った。
「あの人、外国帰りだから。
なんかわかんないけど、晶生はほんとに間抜けで可愛いわねってキスしてきた」
と言うと、真田は、ああ……そうなのか、とほっとしたように手を離した。
経歴詐称だな、と思ったが、今、真田に余計なことを追求されたくなかった。
「行こっか」
と笑顔を作って歩き出す。
『ほんと、あんたは可愛くて間抜けね。
沐生のために、人を殺しちゃうところも。
――間抜けね』
堺の言葉を思い返しながら、高層ビルとビルの隙間から、差し込む夕陽に晶生は眩しく瞳を瞬かせた。
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