沐生の取り調べ  I



「お忙しいのに、ほんとすみません。

 こんなところまでご足労いただきまして」


 署の廊下を歩きながら、林田は実に申し訳なさそうに沐生に言ってくる。


 廊下の途中、足許に壁から突き出している手があって、沐生は、ひょい、とそれを乗り越えた。


「いっ、今、なにか居ましたかねえっ?」

と悲鳴混じりに林田が訊いてきた。


 なに、と言われても自分にはわからない。


 霊なのだろうかな、今のは。


 斬られて落ちた生きた人間の手かもしれないし。


「あのー、沐生さん。

 一点見つめるのやめていただけますか?


 それから、取調室に入ったら、黙秘もやめていただきたいんですけど」


 通りすがりの刑事たちが振り返っていく。


 役者という存在が珍しいようだった。


 ただ、テレビや映画に出たりするというだけで、普通の人間と、なにも変わりないのにな、と思っていた。


 日向のように、タレントという存在ならば、テレビに出て、みんなに注目されるのが仕事ということになるのだが。


 自分は役者だ。


 特に目立つ職業だとは思っていない。


 ただ自分が演じているものを人に見せる手段として、テレビや映画があるだけだ。


 黙々と片隅ででも、なにか演じてられれば、幸せなのに。


 堺はそれを許さない。


『なに莫迦言ってんの、沐生。

 あんた程の人材が。


 それに有名な役者になった方がやりたい役なんでもやれるじゃない。

 望む役に手が届くチャンスが増えるってことなのよ。


 あんた、あのお姫様を捨ててきたんでしょ?

 だったら、成功しなきゃ、晶生に申し訳が立たないじゃない』


 ……詭弁だ。


 自分が成功しようと、失敗しようと、晶生は特に気にしていないと思うのだが、彼女の名前を出されると弱い。


 第一、役者になるために、晶生と別れたわけじゃない。


 別れた……


 別れたのか?


 いや、そもそも、自分たちは、つきあっていたのだろうか?

 

 まずそこを疑問に思う。


 戸籍上は、一応、兄妹だしな。


 だが、堺も、晶生のためとか言いながら、スキャンダルでマスコミを釣ったり、平気で晶生を傷つける。


 いや、彼女が本当に傷ついているかは知らないが。


 堺さんの話のうえでは矛盾した行為だよな、と思っていた。


「沐生さん、ほんと喋りませんね〜。

 この間のドラマでは、めちゃくちゃ饒舌な探偵やってませんでしたっけ?」


 そりゃ、台本があるからだ。


 役者の配置も決まってる。


 誰が生きた人間で、誰が霊なのか。

 いちいち考えなくてもいいからだ。


 たまに勝手に増えているエキストラがいるが。

 自分の芝居には関係ないし、と思ったとき、

「おう、長谷川沐生。

 来たか」

と先に上がっていた堀田が刑事課から顔を出した。


 堀田は、あの頃と、まったく変わっていないように見える。


 九年か。


 人間というのは、或る程度年を取ったら、そこからはあまり老けないのだろうかな、とふと思った。




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