第8話 美依篇二 追背/逢瀬




               ***




 観詰みつめ美依みいは追われていた。


 走れども走れどもお互いの距離に変化はない。まるで逃げるこちらを焦らすように、精神的に追い詰めようとでもするかのように、相手は一定の距離を保って追跡を続けている。


 しかし気を抜けばすぐに追いつかれるという直感があった。

 そして追いつかれれば、何をされるか分からない。

 だから全力で走るしかなかった。


 廊下の角を折れながら背後に目を向ける。追手の姿はない。かと思えばソイツは突然現れた。美依が生徒の中を縫いながら走っているのに対し、ソイツには壁も障害物も関係ない。その身体は人も物もすり抜ける。階段だって本当に登ってきているのかどうか。


 追手を撒こうと何度も角を折れ、階段を降りたり登ったりしているのに、どういうわけかその追跡から逃れることが出来ない。

 息が上がっているのは走り続けたせいばかりではないだろう。心臓の鼓動もきっと、ソイツが何者か分からない恐怖から鳴り響いている。


 振り返った時に確認した状況が何かの見間違いでなければ、ソイツがこちらを追いかけているのは明白なのに、誰もソイツの存在に気付いていない。現れたのが一瞬で突風か何かだと思ったのかもしれないし、全員が全員ソイツに気付いてないなんてことがあるとは思えないけれど――


「……!」


 不安だった。他の人の目には見えない何かが自分を追いかけている――それはつまり、もしもの時、誰も自分の危機に気付いてくれないということだ。


 もう一度振り返った。


「――――、」


 ソイツが間近に立っていた。




               ***




「こうなる前に観詰さんが屋上に向かうのを見た人がいました! なんだかいちいち目立ってたみたいですぐに分かりましたよ!」


 レンカが聞き込みから戻ってくるのは意外と早かった。

 どうやら言梨ことりと食堂に向かっていた際に美依を見かけていたらしく、その辺りで聞き込んだところ、すぐに彼女の目撃証言を得られたようだ。


「屋上に行ってみたらそこでお昼とってる人たちがいて――なんでも、鏡野きょうのさんを天に向かって掲げていたそうです。美依さんの頭上にはまばゆい光が輝いていて、まるで空から天使でも降りてきたかのようだと……それはそれは神々しい光景だったらしくて」

「……太陽の光を反射してただけじゃないのか、それ」


 どうやら美依化が起こったのはこの直後らしい。その光を媒体にして学校中にこのような現象をもたらしたのだろう。


 こうなってからまだそんなに時間も経っていない。ひとまず屋上近辺を探ってみようということになった。自分ひとりでは正直心許なかったが、言梨が協力を申し出てくれたので共に教室を出た。


 昼休みも中頃に差し掛かったからか、廊下には昼食を終えた生徒たちの姿がまばらにある。食堂や中庭、屋上から教室へ戻る道中だったり、立ち話をしていたりと――たくさんの観詰美依がいた。それらの間を縫って進むのも厄介だが、この中から手鏡を持った本物を見付けるのは相当に困難を極めるだろう――


「……誰だ?」


 まるでこちらの進行を阻もうとするかのように、廊下の途中に一人の美依が立ち塞がった。手には何も持っておらず、一言も発しないため正体が判然としない。だがこちらが右へ避けようとすればその前に、左に行けばまたその前に移動して道を塞ぐ。その意図はハッキリと伝わってきた。


「…………」


 無言だ。しかしこちらの邪魔をしているのは明らかである。その目的がよく分からない。そもそも自分を誰だと思ってこんなことをしているのか。


「通れないんだが」


 右に行くと見せかけて左から抜けようとするのだが、やたらといい動きで邪魔をしてくれる。どうやら用があるのは自分のみのようなので、なら言梨だけ先にいかせてしまうべきか。

 戸惑っていると――道を塞ぐ美依の後ろからレンカがやってきた。


諒真りょうまさん! なんか大変なことになってます……!」

「は……?」


「観詰さんっぽい人が変なのに追われてて!」


 突然現れたレンカに気をとられた目前の美依の隙を突き、横を抜ける。


「待って……! 行ったら、危ない……っ」


 美依の姿をした何者かの声には聞き覚えがあった。しかし立ち止まっていられない。


「変なのってなんだ! 追われてるのは本物か!?」


 先を進むレンカを追いながら訊ねる。


「え、えぇっと……! たぶん本物かと! 変なのっていうのはそのっ、なんか赤いやつです!」

「赤い――」


 漠然とだが、何か嫌なものを感じ取った。予感というやつか。それともその〝赤いやつ〟について自分は何か知っているのか。恐らく知っている。引っかかるものがある。ただ、それがすぐには閃かないからもどかしい。


「ちょっ、は……束原つかはらくん、待って……っ」


 歩幅の違いか、気付いたら言梨とだいぶ距離が離れていたようだ。声が遠い。振り返ってみたが一度離れてしまうと誰が誰やら分からなかった。手に膝をついて呼吸を整えているあれがそうか。


「……行くぞ」


 レンカが立ち止まって振り向いたが、先に進むよう促した。諒真も言梨に構わず後を追う。


 嫌な予感がしている。あいつをこれ以上関わらせるべきではない。それにさっき誰かから「危ない」と言われたのをたしかに聞いた。誰だか知らないしどういう意味かも分からないが、どうやら美依化現象とは別に何かが起きていると考えるべきだ。


「それもこれも全部あいつのせいだ。あの鏡め、見つけたら問答無用でぶっ壊してやる」

「諒真さんがそんな態度だと、見つけても鏡野さん言うこと聞いてくれないんじゃないですか?」

「聞こうが聞くまいが関係ない。とにかくぶっ壊す。だから問答無用なんだ」

「お、おぉう……」


 だがたしかにレンカの言う通りだ。鏡野はどうでもいいとして、それを持っている美依はどうにか説得しなければならない。その点、言梨は必要な存在だった。置いてきたことを今更ながら後悔する。少し、頭に血が上っていたのかもしれない。というより、不安や焦燥のせいか。


 何かが起きている。何が起こるか分からない。それがなんだとしても、やはり言梨を巻き込むわけにはいかない。だからこれでいいのだ。


(最悪、力づくでも奪えばいい)


 ただそれは最終手段だ。相手が男子ならまだしも、美依は女子だ。さすがにそれは躊躇われる。一応、会話する努力くらいはしよう。


 進むにつれ廊下からひと気がなくなってきた。どうやら美依は何者かに追われているらしいので、逃げやすいコースを選択したのだろう。


 現在はレンカが美依を目撃した地点を目指しているが、その間にも美依は移動している。目撃地点を過ぎればあとはレンカの勘というか、廊下に沿って進むしかない。もしかすると既にそうしているのかもしれない。


 レンカを信じないわけではないが……信じるしかないのだが、果たしてこのまま走っていて、美依を見付けることが出来るのだろうか。

 鏡野の気配のようなものでも感じ取っているのなら――


「りょりょりょりょろ、ろーまさん! 大変です!」

「誰がイタリアの首都だ」


 先に角を折れていたレンカが首だけ出して声を上げる。


「観詰さんがピンチ!」


 人もいないので飛ばしていた速度になんとかブレーキをかけ、壁に激突する寸前で足を止めた。角を折れた先、廊下の奥に赤い人影を捉える。


「なんだあいつ……!」


 裾の汚れた赤いコートを着た不審者だ。こちらに背を向けているが、恐らく面と向かってもフードを目深に被っているためその顔は窺えなかっただろう。赤黒く錆びついた金属バットを振り上げていた。狙われているのは足元に倒れている美依だ。


 いや、違う。

 彼女が手を伸ばす先に落ちている手鏡の方か。


「あんの馬鹿……!」


 殴られたのではなく転倒しただけなのだろう。見たところ美依に負傷している様子はない。今ならまだ、少なくとも美依だけなら逃げられる。にもかかわらず、彼女は鏡野を回収しようと――庇おうとして自らバットの前に身を晒している。


 躊躇しているのか赤コートが動きを止めたが、そのままバットを振り下ろされれば間に合わない。


「おい、体当たりだ!」

「わっ、私ですか!?」


 全力で赤コートを指差した。横を並走していたレンカが戸惑いながらも直進する。その気を出せば自分などよりもこの幽霊は速い。

 体当たりなどしてもレンカの身体は空を切るだけだろうが、それでも相手の気を逸らすことが出来ればいい。時間を稼いでくれればなんとか――


「ひゃぁっ……!」

「どうした!」


 レンカは赤コートに体当たりを喰らわせた。案の定その身体は空を切り、赤コートの気を逸らすことも出来たようだ。しかしなぜかレンカが奇声を上げた。嫌な予感がした。


「今ちょっとッ、バットが……!」

「……っ」


 まさか、かすったのか。当たったのか。レンカは廊下の奥へ逃げるようにしながら赤コートと距離をとり、自分の肩のあたりをさすっている。赤コートの方はバットを下ろした格好のまま動かない。レンカを見据えているようだ。単なる興味か、あるいは――標的を変えたのか。


「くそ……」


 赤コートに叩き落とされたのか、手鏡の表面にひびが入り、親指大の破片が床に転がっていた。美依は自身の指が傷つくのもいとわずにその破片を拾って手鏡ごと抱え込む。そしてそのまま赤コートの意識が自分から離れているうちに逃げ出そうとしていた。


 ――ある種の代物には人を惑わす魔力がある、らしい。

 それがどうしても欲しくなって我を忘れてしまったり、それを奪われまいとして他者を平気で傷つける。相手は九十九神の宿る百年の年季が入った代物だ。あの手鏡にもそうした魔力があるのか、たまたま波長の合った美依がその支配下にでも置かれているのか。分からないが、今の彼女は赤コートよりも手鏡を気にし、自分の身の安全よりその回収を優先している。正気じゃない。


「お前はもういい! 観詰を追え!」

「えっ? あっ、あのっ、諒真さんは!? それにこの赤いのは……!?」

「いいから観詰を逃がすな!」


 どういうつもりかは知らないが、この赤コートは当初鏡野の方を狙っていた。美依化現象と無関係とは思えない。なら、そんなものを今の美依が持っているのは危険だ。一刻も早く回収してことを収めなければ――


 レンカが逃げた美依を追うのを見とめると、赤コートの身体がそれを追おうとするかのような動きを見せた。諒真はその背中にぶつかっていく。


「っ……!?」


 完全にこちらなど眼中にない赤コートに不意打ちを喰らわせようと思ったのだが、不意を喰ったのは自分の方だった。


 すり抜けた。


 まるでそこには何もないかのように、体当たりした諒真の身体は赤コートをすり抜けて空振りし、廊下に転がる羽目になった。


 霊体……なのか。そうだとすればレンカにバットがかすったのも頷ける。ただ、同じ霊体だからといって触れ合えるものなのか。攻性意識があれば可能なのか。とすればこいつは本気で鏡野を狙っていたのか――


「何なんだよお前……!」


 その前に回り込む形になってから初めて気付いた。

 スカートだ。赤いコートの下にスカートを穿いている。それは自分も今はいている――自分の身体に投影されている女子の制服のものと同じスカートだった。


 見上げる格好になるが、相手の顔はやはり窺えない。フードの下にはただただ闇がわだかまっているかのようにさえ見える。しかしレンカがそうした時と同じように、こいつは今、自分を見据えている。視線を感じる。標的が変わったと直感した。


 バットが振り上げられ、とっさに横へ転がってかわす。すぐ近くに衝撃を感じた。


(こいつ――!)


 ポルターガイスト――物理的脅威を伴った怪奇現象なのか。

 そうなれば相手の攻撃は通用するが、こちらからは一切の手出しが出来ない。


 危険を覚悟して突っ込んだつもりだったが、少し考えを改める必要がありそうだ。そもそも、この状況下で美依以外の姿をとっている存在がいた時点で察するべきだった。レンカ同様にこいつも霊体なのだとなぜ気付けなかった。


 ……今更悔やんでも仕方ないか。

 後悔なんだから後ですればいい。そのためにもこの状況を切り抜けなければ。


 しかし、赤コートを引き付けることには成功しても相手が人間じゃないのなら対処のしようがない。どうやら相手に引く気はないようだし、このままでは一方的にこちらがやられ放題だ。レンカに美依をマークさせても鏡野を奪還することは出来ず、状況は何一つ好転しない。というか不利になる一方だ。


 レンカが気をきかせて言梨を呼ぶなりしてくれればまだ一縷の望みはある。言梨ならあるいは鏡野を取り返し美依化を治めることも出来るだろう。そうすればこの赤コートも消えるだろうか。分からない。確証がない。そもそもこいつがいったい何者で、何が目的なのかも分かっていないのだ。


(……どうする)


 そして考える間も与えてはもらえない。


 身を起こそうとしたところでバットが横薙ぎに振るわれた。下手したら側頭部直撃コースだった。さすがにひやりとして腰が抜けそうになる。それでも、床についた両腕に力を込めてなんとか立ち上がった。直後、目の前でバットが振り抜かれる。


「ふざけんなよこの野郎……見た目はこうでもな、俺は喧嘩とかしたことないんだよ!」


 リハビリ治療やら幽霊から逃げ回ったりで足腰こそ鍛えられているが、特別身体能力に優れるわけでもなければ、反射神経も一般レベルだ。それに、あまり体力もある方ではない自覚がある。嫌なことから逃れたい根気はあっても持久力には欠ける。はっきり言ってこういう展開はジャンル違いだ。

 だから攻撃を避けるのが精いっぱいなこの状況だっていつまでもは続かない。


 破綻はすぐに訪れた。


 後ずさりながら連続して振り回されるバットから逃れていたが、少しでも距離をとりたいという焦りからか、後ろに向かって踏み出した足を捻ってしまった。バランスが崩れて転倒する。尻餅をついた諒真の頭上をバットが横切った。お陰で間一髪かわせたのはいいが、このままでは次が繋がらない。


 赤コートが金属バットを振り上げた。


 ――どうする。


 横へ転がろうとバットの軌道を変えられれば避けられない。後ろに下がっても大して距離は稼げず、足を狙われたらほとんど身動きを封じられる。

 一か八か前に突っ込めば赤コートをすり抜けられる可能性もあったが、バットに頭をかち割られるかもしれない。


 手詰まりだった。


 殴られるにしても、せめて頭だけ庇えれば――その腕をすり抜けて頭だけやられる恐れもあったが。こちらがどう足掻こうと触れられないのに、相手の攻撃だけ通用するなんて反則すぎる。


 何も出来ずに思わず目を閉じた。



 ――トン、と。



 バットが振り下ろされる風切り音に身が竦みそうになった。



「だから――」



 …………が。



「あ……?」


 いつまで経っても痛みが襲ってこない。

 と思えば、代わりに非難めいた、独り言のような呟きが聞こえてきた。


「――危ないって、言ったのに」


 目を開いた時、そこにあったのは――美依の背中だ。誰かは分からない。でも。


「お前……さっきの……?」


 その誰かは片手に金属バットを握っていた。赤コートが持っているものとほとんど同じものだ。それで赤コートが振るったバットを受け止めている。受け止めている……?


「私のこと、ちゃんと見ててね」


 炎を想起した。


「――他の誰かと見間違えちゃ、ヤだから」


 まるで燃えるようだった。

 自らの正体を覆い隠す少女の幻影を焼き払うかのように、赤い後ろ姿が現れる。


「おまっ……、」


 赤いコートを着ていた。

 対峙する相手と異なるのは、その背に流れる黒髪――そしてバットにまとわりつくような炎めいた赤い影。


 どくん、と全身の血管が脈打つかのような感覚があった。さっきまでのもどかしさが氷解する。そうか、この赤コートは。そして、あとから現れたこいつは。


緋景ひかげ――、」

「あ、名前」


 ちらりと振り返った彼女は――笑んだのか。ぎこちなく表情を歪めてみせた。


「……ちょっと恥ずかしいかも」

「何がだよ」


 彼女は、束原緋景は、こんな状況にもかかわらず頬を染め、その顔を隠すように片手でフードをかぶった。


「……わ、私がなんとかするから。諒真くんは、先に行って」

「…………」


 そう言われて先に行くのもどうかとは思うのだが――なんだか嫌な感じがする。


 原因はあの影だろうか。緋景の足下にわだかまり、その手を通して金属バットに伝う、赤色を帯びた何か。影のように実体がなく、それでいて周囲に闇を落とす存在感。

 はっきり分かる。悪霊や妖怪など比にならない、これは本物の怪異であり脅威だ。


(こいつ……なんか憑かれてるのか……?)


 そしてその何かを従えている。そんな感じがする。

 出来れば関わり合いになりたくないワースト一位、諒真がいたいと思っている世界から離れた場所にいる相手。

 そう考えると躊躇いもなくなる。


「〝それ〟、どうにかしたらこいつも消えるから」

「それ……?」


 こちらにある何かのことを指しているのか――そうか。


「……じゃあ、任せた」

「うん、任された」


 少しだけ弾んだ声を背に、レンカの後を追うことにした。




               ***




 観詰美依は追われていた。

 手鏡を胸に抱えて誰もいない廊下をただがむしゃらに走る。


 目的地はない。終わりも見えない。でも足を止めるわけにはいかない。

 いっそ捕まってしまえば諦めもつくというものだが、相手はどうやら自分に触れることが出来ず、だからこそ一定の距離を保ちながらもたしかなプレッシャーを押し付けてくる。


「ま~て~」


 まるでこちらの気勢を削ごうとしているのではと疑ってしまうほど、間延びした声を上げながらソイツは追ってくる。


「レンカさま自体は無害です。でも彼女からは逃げられない……!」

「どうして!」

「わたくしには分からないのですが、どうやら彼女の方はこちらの気配のようなものを感じ取ることが出来るようで……っ」


 いっとき姿を消していたからうまく撒けたと思っていたのに、あの幽霊はどこからか再び姿を現した。まるでこちらの行く手を阻むように、唐突に。その出現はたしかにこちらの現在地を知っているかのようだった。


「もう!」


 だからといってこの手鏡を捨てるわけにもいかない。


 追手が変わったので先ほどまでの切迫さは感じないが、こちらと違って相手は疲れ知らずだ。その性質を活かして自分の体力を奪おうという算段か。


「私が疲れたところを狙って束原くんがアナタを取り返しにくるってわけね……!」


 あの幽霊と束原諒真が仲間なのは明らかだ。彼女をどうにかしなければいずれ諒真に捕まってしまう。しかしどうしろというのか。何も思いつかない。だがこのままでは埒が明かない。


「ほんとにもう! あの子は生きてたんじゃなかったの・・・・・・・・・・・・・・・・! なんで化けて出てるのよ!」

「こうなったら仕方ありません……! こちらから迎え撃って――!」


 その時だ。


「観詰さん、ここまでだよ!」

「またあなたなの!」


 これで何度目だろう。恐らくクラス委員の渦野言梨だろう、自分と同じ姿をした何者かが進行方向に立ち塞がる。幽霊に追われる中、幽霊ともども行く先々で彼女が現れ美依を阻むのだ。どこかを目指しているわけではないが、お陰で何度も進路の変更を余儀なくされる。後ろの幽霊は無視して通り抜けてもいいのだが、きっとその先には諒真が待ち構えているに違いない。

 いつまでも逃げ続けられるわけじゃない。となれば手鏡の妖怪の言うように――


「籠城してやる……!」


 ちょうど近くの教室の扉が開きっ放しだった。その中に転がり込む。


 すぐに扉を閉めようとして――美依はその教室の異質さに気が付いた。


 とても薄暗いのだ。


 それはなぜかと視線を巡らせると、教室内の全ての窓を覆うかのように暗幕が引かれ、光沢のあるリノリウムの床の上にも布が敷かれている。光も入り込まなければ、それを反射する要素も全て封じられているのだ。


 そして、唯一の光源だった廊下からの明かりが――


「これで終わりだ」


 ――閉ざされる。


 籠城したつもりが、まんまと敵の罠にはめられたのだ。



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