Episode25 アジトへの帰還


 アルマンドさんの家の裏口から出て、街の通りの路地裏へ逃げ込んだ。

 せっかくもらった衣服も、こんな調子で逃げ回っていたらすぐ汚してしまいそうだった。

 兵士たちが町の中の警備も強め、忙しなく走り回っている。

 俺がさっき見つかったせいだろう。この街への侵入を知られ、外への人員配置を内部へ移したんだ。もうこの街には長居できないな。水の張り巡らされた綺麗な街で、けっこう気に入っていたけれど……。


 地べたを見ると、ぐしゃぐしゃに丸められた紙が落ちていた。ふと広げて見てみると、ある子どもの捜索依頼だった。

 路地裏の壁という壁には、大量の張り紙があふれかえっている。

 普通、この手の依頼は冒険者ギルドに出されるものだが、公平さを保つために捜索依頼にもある程度の"相場"がある。ある家族が莫大な額を提示してしまうと、その子どもの依頼の受注ばかり起きてしまい、他の依頼が疎かになるからだ。

 そのため、裏でこうして個人的に高額報酬で依頼を出す人がいる。

 巷では裏クエストと呼んでいるが、普通はあっても数枚程度だ。

 しかしこの様子を見ると十枚前後ある。

 全部子どもの捜索依頼である。


「なんでこんなにたくさん子どもがいなくなっているんだ」


 俺がまだリベルタのみんなと行動をともにしているときにも多かったが、それにしても異常じゃないか?

 兵士の巡回が多いのも、俺という異質な存在を捕まえるためだけじゃなくて、誘拐事件の警戒も含んでいるのかもしれない。

 街はとても殺伐としているようだ。

 なんだか、時の流れは残酷だな。


「ケア、俺はリベルタのアジトへ戻る。早くみんなに無事を知らせないと」

「……あぅ」

「相変わらず、あぅあぅばっかりだなぁ」


 しかしどうやってソルテールのアジトまで戻ろう。

 ダリ・アモールまでは馬車で半日程度だけど、何しろお金がない上にこの右頬の模様が目立つ。

 徒歩で行くとしたら……丸二日くらいかな。

 野宿も必要だし、食糧も用意しないといけない。

 食糧は野生動物でも狩ればなんとかなるか。

 野宿は……テントでもあればよかったが屋根なしで我慢するしかない。



     □



 サン・アモレナ大聖堂の西翼廊。その廊にはクワイヤと呼ばれる聖歌隊が讃美歌を捧げる舞台がある。

 その廊を歩いて、その先のサンクチュアリ―――聖域へと歩を進めた。

 聖域へ入ると、団長はパイプオルガンを弾く手を止めた。


「おかえり、ラインガルド」


 振り向きざまに声をかけられた。


「それで、結局なんだったの? どうやら手ぶらのようね」

「……ジャックの亡霊です」

「ジャック?」

「メドナが目に掛けていた例の子どもです」

「あぁ……って、その子死んだんじゃなかったかしら?」

「死んだ……と思います。ただ、その亡骸が魔物化したようでした」

「ふーん」


 さして興味がなさそうだった。


「可愛い子だったのに残念よね」

「そうですか? 僕は最初からただの野盗だと」

「はっはっは、野盗か。確かに冒険者パーティーはそうね………それで、どうだったの?」

「逃がしました」

「逃がした? 貴方にしては珍しいじゃない。"番犬"の名が廃るわね」

「……訂正します。泳がせてます」


 ちょっと馬鹿にされたような気がして癪に障る。


「どうしてよ。魔族がふらふらしてるなんて、街の人たちにとって危険じゃないかしら?」

「女神様の化身と思わしき少女と一緒にいます」

「………は、なによそれ」


 団長は初めて面白くなさそうな声で返した。


「ケア様に実体はないわ」

「ジャックとの戦いで何度か魔法が消えました。まるで女神の奇跡を目の当たりにしたような……」

「あら、戦ったのね~。それで負けてきたってことかしら?」

「……そうです。瞬間移動のような動き、それに魔力纏着も駆使していました」

「そう。そんな危険な魔族、早く始末しなさいな。一緒にいるってことはその女の子も魔族でしょ」

「お言葉ですが、女神様の方は拘束したいと思います」


 ぴくり、と眉を動かし、団長はさらに不機嫌になっていった。


「ラインガルド、勝手な判断は許さないわ。うちにはもう"女神"がいるでしょう?」

「本物の女神様である場合、こちらの陣営にいた方がこれから好都合では? ただの少女であったとしても僕たちの目的には―――」

「わかったわかった。前言撤回、貴方に任せるわ」


 団長はもう興味がなさそうに、ふらふらと手を振って歩き始めた。


「もうある程度、計画も最終段階だし、私はそろそろ休みたいよ」

「もちろんです」


 そうして団長は奥へ引っ込んだ。

 教団の団長と言った方がその呼称としては正しいだろう。

 女神の教えに従い、世界に平和をもたらす。

 神域を荒らす冒険者どもに神の裁きを下してやるんだ。



     □



 三日三晩かかってようやく見覚えのある街道に抜けた。

 ここは多分、リベルタ入団のときに熊狩りに来た森林伐採地域の近くだ。今は季節的に冬も近いため、あまり熊は見かけなかった。

 おそらくここから一時間程度歩けばソルテールの町だ。人目を盗んで何とかここまで着いたものの、もう頭も働かなければ、体力も限界。

 旅の準備の大切さを知る。

 幸いにも天候には恵まれて屋根なしで寝ることはできたが、まったく休まらなかった。途中、村や町に寄ろうかと思ったが、何しろ顔に魔族紋章もあるし、ついぞ寄りつけなかった。

 道中は野菜畑から作物を掻っ攫ったりして何とか食いつないだ。

 出発前は動物の肉を狩れば腹の足しになるだろうとか思ってたけど、タヌキ一頭狩ってみて、そういえば火の起こし方を知らないと気付いた。

 女神の力は使えても、基本の炎魔法は使えないのだ。

 ケアはというと平然としている。

 さらにこの三日間だが、食事も取らないし、用を足すこともなかった。

 さすが女神の化身。

 疲れを知らなければ、食事も不要か……。


「ケア、俺はもうだめだ……」

「うー……」


 枯葉の絨毯に倒れ伏した。絨毯と形容しても間違いではないくらいにフカフカで温かく感じられた。

 ちょっと寝よう。目が覚めるかは分からないが。


「……あぅ! ジュニアさん!」


 ケアが何か言っていたが、もう構ってあげられる余裕はない。

 おやすみなさい。



     …



 気づくと、暖炉が灯るどこかの一室にいた。

 この既視感。

 ちょうど一年前にもこんな経験をしたことがある。実家から追い出されて商業の街バーウィッチで倒れたとき、リンジーに拾ってもらえたんだ。

 どうやらベッドに寝かせられているようだ。


「あ!」


 ケアもいる。

 その隣には………まさかリンジー?

 また俺のことを誘拐でもしてくれたのか。

 しかし、よくよく見ると隣にいる女性は、リンジーではなかった。金髪のウェーブがかった髪を後ろにまとめた女性が、椅子に座って心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「起きましたね」

「ジュニアさんー」


 声をかけられる。

 また俺は助けられたんだ。

 生まれてこの方、人に愛されて生きてこなかった俺。オルドリッジの屋敷の外はもっと殺伐とした世界が待っているものだと思っていた。でもこうしていろんな人に助けられて、その温かみが俺の心も癒してくれた。


「大丈夫ですか? ジュニアさん、と言いますの?」

「…………」


 何か声を発しようと思ったが、喉が詰まっていてうまく発声できなかった。


「私はナンシー・コンランといいます。ここはコンラン亭の―――」

「コンラン亭?!」


 思わず声が出た。しかも思った以上に大きな声だ。

 その勢いで起き上がる。


「は、はい」


 ナンシーと名乗る金髪の女性も目をぱちくりさせて頷いていた。

 コンラン亭と言えば、ソルテール町の宿屋だ。

 そういえばソルテールの冒険者ギルドが撤廃されたとき、宿屋の一階に冒険者ギルド派出所が設けられた。そこには宿屋の看板娘が受付に臨時で雇われたとかなんとか。

 もしかしてこの女性か?

 確かに看板娘の名にふさわしく、美人な人だった。

 そうか。俺はようやくソルテールに帰ってきたんだ。

 よかった……。


「あなたがダイアーレンの森で倒れていて、この子が隣にいるのを見かけたんです。どうも、その――――すごく深い傷があるようで……」


 ナンシーさんは俺の体の右肩を見た。ふと体を見ると、服が脱がされていて上半身裸だった。聖典がぐるぐる巻きついて、包帯が巻かれているように見える。


「うっ……」


 急に頭痛がした。いきなり起き上がったからかもしれない。


「まだ無理をなさらない方がよろしいのでは? 宿代のことならお気になさらないで。お父様にも言ってありますわ」

「……あ、ありがとうございます。俺はその子と一緒に、ソルテールに戻るつもりだったんです」

「あら、それは丁度よかったですわ。替えの手ぬぐいを持ってきます。まだ熱があるようですので、どうぞお休みください」

「すみません」


 そうしてナンシーさんは部屋を出ていった。

 宿屋の娘ということもあって、物腰が柔らかだった。


「ケア、ありがとう」

「あぅ」


 ソルテールに帰ってこれた。

 早くみんなに会おう。元気にしているだろうか。

 そのあと、ナンシーさんはすぐ戻ってきた。俺の額に濡らした手ぬぐいを置いてくれた。熱があるという話だが、無理しすぎてちょっと病気になっていたのかもしれない。言われてみれば体がだるいような気がする。

 外もだいぶ冬が近づいて寒くなったし、無理しすぎたようだ。


「あなたは、この町の子なのでしょうか?」

「えぇ、まぁ……その、シュヴァリエ・ド・リベルタの……」

「リベルタ……今、リベルタと言いましたの?」


 ナンシーさんは心底驚いていた。

 リベルタは順調にいけば今頃Aランクだ。

 もしかしたら俺が半年間、ガラ遺跡に閉じ込められている間にさらに有名になったのかも。

 それだったらこのナンシーさんの驚きも意外ではない。


「とにかく今は体を休めましょう。体調が戻ったら……戻るまでは安静に」


 しかしナンシーさんは、それ以上話に触れることはなかった。

 何か引っかかる。一抹の不安がよぎった。



     〇



 それからさらに二晩、コンラン亭にお世話になった。

 俺は一晩寝たら余計に体調の悪さを感じたものの、ナンシーさんが親切に看病してくれたおかげでその一日後には回復傾向に向かった。ナンシーさんは日ごろの仕事もあるだろうに、俺の看病にくわえてケアの面倒も見てくれた。

 とても優しい人だった。ケアもナンシーさんを慕っているようだ。


 俺はようやく部屋から出られるほどになった。

 早朝、一階へ下りるとナンシーさんは忙しなく他の宿屋の従業員たちと朝食の準備をしていた。また、キッチンでガタイの良い角刈りの人物が周りの従業員に指示を出していたが、ナンシーさんの父親だろうか?


「あら、もう大丈夫ですの?」

「はい、おかげさまで」


 ナンシーさんが忙しい中でも俺に気遣いの言葉をかけてくれた。


「お父様、ジュニアさんが起きられました」

「おお、坊主、顔を合わせるのは初めてか? 俺はフィリップだ」

「は、はじめまして。その、この何日か本当にありがとうございました」

「いいってことよ。元気になったみてえだな」


 ナンシーさんとは反対に、乱暴な物言いの人だった。


「景気づけになんか食え」

「は、はい」


 フィリップさんはその場でささっとベーコンエッグを作り上げて、皿に取り分けて俺にフォークとともに配膳してくれた。久しぶりに口に入れた料理は頬を刺激するほど俺の体に元気をくれた。


「お、おいしい」

「良い食べっぷりじゃねえか。気に入った!」

「ありがとうございます」


 そんな俺をフィリップさんも上機嫌そうに眺めて、うんうんと頷いていた。

 ナンシーさんはテーブルに宿泊客の人数分、テーブル掛けを掛けて、朝食の調味料セットを追いていた。俺は手伝おうとも思ったが、変に病人が動いたら邪魔になるかと思い、大人しく隅っこのカウンターテーブルでぼけっとしていた。

 ケアはまだ起きてこないみたいで、姿が見えない。

 そんな俺にフィリップさんが声をかけてきた。


「……ところで坊主。お前さん、あのシュヴァリエ・ド・リベルタと一体どういう?」


 急に確信に迫ることを聞いてきた。心なしか表情が少し強張っている。

 俺がこの二日、不安に思ってたことだ。もう今日にでもリベルタのアジトへ行き、みんなに顔合わせしようと思っていた。


「……俺は、リベルタの一員です」

「リベルタには子どもが一人いたっていう話を聞いたことがあるが」


 フィリップさんは顎に手を当てて、考え込んでいた。


「それがお前さんだって?」

「はい」

「俺が聞いた話じゃ、半年前死んだって噂だったが?」


 その事情を一から話すのはちょっと大変だ。俺が半年間もどこで何をしていたのかなんて、だいたいの人は信じてもらえないだろう。俺が深刻そうな顔をしているのに気付いたのか、フィリップさんは気を利かせて、さらに言葉を足した。


「まぁ生きてたんならそれは良い事なんだけどよ……ま、今朝もきっとリベルタの一人が来るぞ」

「え?! このコンラン亭にですか?」

「あぁ、リベルタって言っても、"元リベルタ"か」

「元……?」


 ――――ガチャン……カランという小気味良い音が鳴る。

 戸につけられたベルの音が店内に響いた。

 誰かが開けて入ってきたようである。ある程度、宿の事情に精通しているのか、ちょうど朝食サービスの準備が終わったタイミングだった。

 その男は、パーティーでも後衛役。ダンジョンでは緊急避難要員として、トランジットサークルを使いこなす男。緩く癖のある毛を横分けにして、いつもベスト姿の学者然とした男だった。

 ドウェインだ。

 なんか少しやつれたような顔をしているが、ついこないだまで一緒にいたドウェインそのままだ。


「ドウェイン!」

「……ん~、キミは?」


 ドウェインの気の抜けたような返事は相変わらずだった。


「俺だよ、ジャックだ!」

「ジャック………ジャック……」


 なんか様子がおかしい。

 ドウェインだって俺とはいろんな思い出があるはずだ。


「そう、キミはジャックくんと言うんだ……んん? この頬っぺたの模様は……なんだったかなぁ?」

「え………」


 なんだよ。

 まさか俺のことを忘れてしまったとでも。

 そんなばかな。


「なに言ってんだよ、ふざけてるの? 他のみんなは?! リベルタはどうしたんだよ」

「リベルタ? リベルタ………なんだっけ」


 嘘だろ。

 なんだよ、このボケ老人みたいな有り様は。

 俺を茶化すために演技でもしてんのか。

 乱暴にドウェインの服に掴みかかる。ドウェインは虚ろな目を俺に向けてきた。その目に依然のような生気は感じられない。


「ドウェイン、ふざけるのはやめろよ!」

「―――やめておけ」


 フィリップさんが俺を呼びとめた。


「こいつは半年前からずーっとこうだ。昼ぐらいになるとリベルタの仲間だっていう姉ちゃんが連れ戻しにくるんだが、もう最近は放置気味だ。どうもうちの娘に興味があるらしくて通ってるみたいなんだがな」


 フィリップさんは、やれやれ、と肩を竦めてみせた。


「あ、ナンシーさぁん」


 ドウェインはナンシーさんを見かけると大げさに手を振って病んだ目を向けていた。ナンシーさんはそんなドウェインに対して、困った笑顔を向けながら手を振り返していた。

 ……嘘だろ。

 ドウェインがまさかこんな事になっているなんて。


「嘘だ! 嘘だ!」

「あ、おい! 坊主――――」


 店を飛び出した。

 確かめなければならない。アジトへ戻って。

 みんなどうなってんだよ。

 たった半年だぞ。俺の体感時間では一週間弱だ。

 それだけで、なんであんな風に変わっちゃうんだ。



      ○



 俺は走り続けて、小高い丘に位置するアジトまで戻ってきた。

 アジトの様子は何一つ変わっていない。少し真新しさが無くなったことくらいだろうか。俺は玄関前までずっと走りっ通しだったため、少し気持ちを整理するために一回立ち止まった。


「はぁ……はぁ……」


 ドウェインはあんな風になっていても、他のみんなは、きっと……。

 俺のことを、ちゃんと迎えてくれるはずだ。

 大丈夫。

 息を整え、気持ちを整え、俺はその扉に手をかけた。


 ―――ガチャ。

 少し朝早いかもしれないけど、いつもだったらこの時間にはリンジーがもう朝食を作っている時間だ。

 半年も一緒に過ごしたんだ。みんなの生活リズムくらい把握している。

 リンジーが朝食を作ってくれて、俺とトリスタンが朝のトレーニングから帰ってくる。同じタイミングでリズも起きてきて「おはよう、ジャック。男って大きくなると寝坊助になるのかしらね?」なんて皮肉を言ってきて、トリスタンがそこに「俺はこの通り早起きだが」と文句を言う。

 寝坊助のアルフレッドとドウェインがリンジーに叩き起こされて、みんな揃ったところで朝食を食べるんだ。

 それから朝食を取りながら「ドウェインの夜の実験がうるさい」とアルフレッドが文句を言って、トリスタンがそこに「お前のいびきはそれ以上にうるさい」なんて冷静に突っ込んで、みんなに笑われる。

 気を取り直してアルフレッドは次に引き受けるクエストの話をしだして、みんな真剣に聞き、ちゃんと各々の意見を取り入れて、一日がスタートする。

 そんな毎日がこの家にはあった。


 俺のいつか帰るところ。初めての家。

 帰ってきたら、きっと誰かが俺を迎えてくれるんだ。

 おかえりジャック、大変だったね、と。


「……た、ただいま?」


 しかし、なぜだろう。

 アジトにもうその温もりはなくなっていた。

 静かだった。

 本当に誰か住んでいるのか?

 変わり果てている。

 俺の右腕には巻きついた聖典。

 そこから覗き見える女神の刻印。

 魔族紋章。

 家が変わった以上に、俺も変わり果てている。


 ―――ギシリと床が軋む音が聞こえた。

 二階から誰かが歩いてくる音だ。

 リベルタの誰かだ!

 階段の方を見て、そこから上を見上げた。


「ジャッ……!」


 そこにいたのは栗色の毛をした女性。

 俺を初めてこの家に招き入れてくれた女性。

 リンジーだ。


「リンジー!」

「ジャック……! ジャックなのっ?!」


 俺は階段をかけ上がり、その女性に抱きついた。

 リンジーも俺を抱き留めてくれた。

 ん……なんか、リンジーの体格が少し変わっている気がする……。

 というか恰好もいつものタイトパンツ姿じゃない。

 なんかダボついた服を着ていて、お腹が少しふっくらしている気がする?

 太ったのか?

 まぁそんな事はどうでもいい。

 リンジーに久しぶりに会えた。

 ドウェインのときと違って、俺をジャックと呼んで抱きしめてくれた。


「リンジー………ただいま……」

「おかえり……ジャック、生きてたの……? 本当に良かった……」


 涙が出てきた。リンジーも泣いている。やっぱりこの人は俺の事を最初から最後まで包み込んでくれる人だった。


「ジャック………今までどこにいたの?」


 涙をぼろぼろこぼすリンジーは、泣いていてもとても可憐だった。

 話せば長い。でもリンジーには全て話そう。

 話さなければならない。

 俺にはその義務がある。俺の帰りを泣いて喜んでくれる女性なんだ。


「この痣は?」


 リンジーの手が右頬に触れた。


「リンジー、俺も聞きたいことがいっぱいあるんだ。リベルタの事で」


 俺のその問いかけを聞いて、リンジーははっとなった。とても悲しそうな顔を浮かべていた。その表情を見て、俺は最悪を予想していた。


「ちょっと落ち着いて話がしたい。俺もこの半年のことを話すから」

「ジャック……なんか、逞しくなったね」

「そう? と、とりあえず朝ごはん、作るよ! キッチン使ってもいい?」


 どうせみんなご飯を食べるんだ。俺はもうコンラン亭で食べてきたが、この様子じゃ、みんな朝食はこれからなんだろう。


「あ、ジャック、私、今あんまりご飯が食べられなくて……」

「え……なんで?」

「私、妊娠してるの」

「………え?」


 動揺とともに、掛けられたフライパンを落として派手な音を立てた。

 それは俺に衝撃を知らせる音となった。


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