起死回生を信じて4

 再び、俺の意識はレグルノーラを囲う森の奥深く、竜石の眠る洞穴の中にあった。

 カンカンと小気味よい音が洞穴にこだまし、多くの人の気配を感じる。

 竜石でできた宮殿を包み込んでいた虹色に輝く壁や天井には足場が組まれ、職人たちが専用の工具で石を切り出している。美しかった壁はボコボコで、以前より抉られ、空間がかなり広くなっていた。

 宮殿の応接間まで意識を飛ばすと、ゆったりと茶をすするグロリア・グレイの姿が目に入った。その向かいに、金髪の塔の魔女ローラがいる。彼女は出されたお茶をそのままに両手を膝の上に丁寧にそろえて、じっとグロリア・グレイの顔を見つめていた。


「そんなに難しい顔をする必要はあるまい、若いの」


 グロリア・グレイはニヤリと笑ったが、目の前の竜人に警戒しているのか、ローラは眉一つ動かさない。展望台でライルと話していたときとは全然表情が違っている。


「就任挨拶にしては、雰囲気が悪い。何か言いたげじゃな」


 トンッとサイドテーブルにカップを置いて、グロリア・グレイは足を組み替えた。


「色々と教えていただきたいことがあるのですけれど、どこから話せば良いのかと」


 漸く声を出したローラだが、既に額には汗が滲んでいる。


「好きに話せば良かろう。取って食ったりはせん」


「ええ、わかっています。貴女は本当に美しいし、誇りを持った素晴らしい竜。その貴女が認めた救世主リョウが消えたという噂について、塔は私にも真実を話しません。何が起こっているのか、貴女ならばご存じなのではないかと」


 ローラの白い肌をつうと汗が垂れていった。

 グロリア・グレイはフフンと笑い、面白くなさそうに口をひん曲げた。


「勿論知っている。あの愚か者め、止めれば良かったものを、危険を顧みずに戦ってあっさりと破れた。しかも、こともあろうか自らの肉体を奪われてしまった。一部の竜は人間と同化することで強大な力を得る。人間からしたらその逆なのだろうが、要するに二つが合わさることでより強い生物に進化する。それをドレグ・ルゴラは覚えてしまった。リョウは相当前から目を付けられていたようでの。なるべくしてなったと、そう言ってしまえばそれまでのこと。力が強いばかりでなく、相当にずる賢いのだ、かの竜は」


 肉体を、の辺りでローラはふと表情を変えた。

 思っていたよりもかなりヤバい状況だったということなのだろう。長く補足息を吐いて、呼吸を整えている。


「ただ、我と別れたあの日、同化を解きやすくするまじないをかけたのだと、リョウには伝えたはず。精神的に追い込まれて身体を取り戻すことすら難しくなっているのか、ドレグ・ルゴラに隙がなく、機会を失っているだけかはわからんが、どうにか二つの身体を分離できれば、ヤツは力を失うだろう。そのためにも竜石は欠かせぬ。採掘を許可したのはそういうわけだ」


「ありがとう……ございます。やっとスッキリしましたわ。塔がひた隠しにする理由も、わかった気がいたします。それで、貴女から見て、救世主リョウは期待できる人物だと?」


「まぁ……そうじゃな。我の好みではある。うぬはヤツを知らぬのか」


「ええ。残念ながら」


「それなら話で聞くよりヤツとは直接喋った方が早い。せっかくの機会だ、二人で話せばよいではないか」


「はい?」


 ローラは首を傾げる。


「救世主リョウは行方知れずですのよ?」


「行方知れずではない。具現化の方法を忘れておるのだ」


「と、言いますと」


「ヤツめ、しばらく意識の切り離しをせぬ暮らしを続けていたせいで、一旦切り離した意識をレグルノーラで具現化する術を忘れておるのだ。――のぅ、さっきからコッソリと会話をのぞき見しておるのはうぬだろう、我が愛しきリョウよ」


 グロリア・グレイが俺の目を見た。

 パンと頭の中で何かが弾けるような音がして、俺は自分の身体が具現化されていくのを感じた。目で色を見て、鼻と口で呼吸して、耳で音を感じ、自分の足で立つ。頭の先から指の先までしっかりと色が付き、今までなかった重さまでしっかりと感じ取れる。

 久方ぶりに具現化された俺の意識は、ディアナに最後の手向けと着せられた彼女デザインの戦闘服を着ていた。救世主に相応しいスタイリッシュなデザインのそれは、濃いグレーの中に赤いラインが映えていて、俺には勿体ないくらいのカッコよさで。

 ローラがキャッと悲鳴を上げて、思わず立ち上がっていた。

 そりゃそうだ。突然見たことのない男が隣に立ってりゃ、誰だってびっくりする。


「は……、じめ、まし、て」


 片言に挨拶すると、彼女は警戒してさっと身構えた。


「あ、なたが、リョウなの?」


 眉をひそめ、恐る恐る俺を見るローラ。

 俺はゆっくりとうなずいて、彼女の表情を観察した。

 何と言われるだろう。思ったよりも弱そうだとか、こんなのが救世主なのとか。

 けれどローラは、俺のそんなネガティブな考えとは裏腹に、こんな言葉で俺を迎えてくれた。


「なんて素敵な人……! それに、強い意志を感じる。初めまして、リョウ。私はローラ。ディアナ様の跡を継いで塔の魔女になったばかりよ。お会いできて光栄だわ」

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