何者2





















 まただ。

 知らない記憶がどんどん頭に流れ込んでくる。

 わかってる。これがドレグ・ルゴラの悲しい記憶。迫害され、孤独の中黒い感情を募らせて発揮していく記憶。

 力もある。頭も切れる。けど、果てしない孤独に支配された生涯。

 同情を誘っているのか。俺が少しでも彼の味方をするように。

 冗談じゃない。どんな理由があろうとも、何かを破壊しなければ自分は救われないなんていう恐ろしい考え、持つべきじゃない。それこそ、レグルノーラというこの世界の根本的な法則“何かを失わなければ何かを得ることができない”に通じる。

 どうにかして止めないと。

 ヤツが俺の身体で何かしでかす前に。

 思っていても思うように意識が戻っていかない。俺は頭の片隅にぽつんと置いてけぼりで、遠くから自分の身体の動きを俯瞰している。

 ヤバい。テラの時と全然違いすぎる。 互いのテリトリーを侵さない程度に意識の共有を図るなんて甘っちょろいことはしない。ヤツは完全に俺の身体を手に入れて、俺に成り代わってしまっている。

 キースもそうだった。テラと共に戦った干渉者の欠片も感じられなかった。

 ドレグ・ルゴラにとって俺はうつわ。人間と同化することでしか得られない未知の力を手に入れるための、単なるうつわに過ぎない。

 けど、どうにかしてこの事態を打開しないと。

 ――目が、開いた。

 薄暗いレグルノーラのビル街に俺は居た。度重なる戦闘ですっかりボロボロの外壁、基礎部分から傾いたビルや、途切れ途切れの高架橋。かつてエアバイクや竜たちが悠々と飛んでいた空には何もない。ただ暗雲が地の果てまで延々と続くだけ。

 人っ子一人居ない街で、俺の目はそんな景色をゆっくりと見回していた。そうしてニッと笑い、右手を高く挙げる。手のひらに力を集中させてバンと弾けさせると、そこから黒くねっとりしたものが湧きだしていく。べちょべちょと気色の悪い音を出しながら、黒い粘液が地面に落ち、モニュモニュと意識を持ったかのように動き回いては、それがくっつき合ってどんどん巨大化していくのが見える。

 ダ……、ダークアイだ……。

 あの恐ろしいデカい目玉の化け物。アレを、俺の身体が生み出してしまった。

 身震いしたいが、生憎身体は乗っ取られている。悔しいながらも、俺は動向を見守る。

 目の前には数体のダークアイが居る。どれもグネグネと波のようにくねり、障害物を呑み込みながら前へ前へ進んでいる。それぞれの個体が何かにぶつかる度に分裂し、小さくなった個体を更に膨らませ、どんどんどんどん増えていく。

 背後でふと気配がして、俺の身体はようやく右手を下ろした。


「我があるじ。如何でスか、来澄凌ノ身体ハ」


 歯切れの悪い喋り方には聞き覚えがある。

 声の主を確認もせず、俺の声は、


「悪くはない」


 と答える。


「金色竜との同化と分離を何度も繰り返すだけの体力、度重なる戦闘で培ってきた持久力、そして底知れぬ魔力を秘めている。私の力と合わされば、キースなどとは比べものにならない程の破壊力を発揮できるだろう。素晴らしい逸材だ」


 ここまで言われているのに、全く褒められている気がしない。

 けど、俺は嬉しそうに顔を歪めている。


「力を試したい。見ていてくれるか」


「御意」


 今度は右手を前に突き出し、手をバッと開いて一際高いビルの一つに照準を合わせた。その奥に天に向かって伸びる白い塔が見える。激しく、嫌な予感がした。

 魔法陣を宙に描く。

 明らかに俺のじゃない。気高いが、どこか不気味で気持ち悪い模様がそこかしこに描かれている。書き込まれるのはレグル文字。しかし、文体が少し違う。恐らく現代の言葉ではなく、いにしえに使われていた言葉。読めない。“波動”“消し去る”なんだ、この不穏な文字列。魔法陣が赤黒く光っていく。これは、破壊の。

 音もなく魔法が発動した。

 魔法陣から発せられた光がレーザーのように一直線になって街を切り取っていく。右に手をずらしていく度に、まるではさみで切られたかのように、上下の景色が分かれていった。光の矢は、直線上に存在するあらゆる建物をなぎ倒した。

 積み木が崩れるようにビルの上部が崩れ落ちていく。地響き、砂煙。あちらこちらで激しい音が鳴り響く。

 巻き込まれた人間はいないだろうか。市民部隊は。どんなに気になっても、今の俺にはどうすることもできない。

 半周ほど身体を捻ったところで、俺は魔法を打つ手を止めた。景色の中にある白い塔だけが、何かに守られているかのように姿を変えていないことに、ドレグ・ルゴラが気が付いたからだ。

 ディアナや能力者たちが結界を張っていたのだろう。俺はホッと胸を撫で下ろすが、ドレグ・ルゴラは気に入らない様子で白い塔を睨み付けている。


「塔ヲ崩すのハ至難の業カと」


 言われてようやく、俺の身体は声の主を見る。

 リザードマン。中身は古賀明。翠清学園高校の物理教師。


「フン。まぁいい。力の加減がわかればよかったのだ」


 ドレグ・ルゴラは俺の手を何度も握り直して、感触を確かめた。見慣れたはずの手が、別人のそれに見える。

 こんなことをされるために戦ってきたわけじゃない。世界を救う。そうしなければならないと、固く心に誓ったにもかかわらず、俺の身体を使って悪竜が世界を壊そうとしている。その皮肉に、はらわたが煮えくりかえる思いだった。


「ただ一つ、不満なのは頭の片隅でゴチャゴチャと呟く輩が意識を取り戻してしまったこと。あれだけの衝撃を与えたというのに、完全なる精神の崩壊を果たせなかった。しぶとすぎる。キースの時は簡単に私のものになったのに。食えない男だ」


 散々な言われ方だが、少し光明が見えた。

 キースを乗っ取ったのは、彼がテラと同化し、竜石を使ってドレグ・ルゴラの力を封印した直後。全ての力を使い果たし、身体もボロボロになっていた。言わば死の寸前に乗っ取られたらしかった。

 けど俺の場合は、確かに戦いの連続で疲れ切ってはいたが、まだ余力はあった。それに、困ったことに絶望には慣れてきていた。先に芝山のことがあったから、その分少しだけ、覚悟ができたのかもしれない。

 いずれにせよ、こうして自分の頭の片隅で物事を俯瞰できているうちは、どうにかできそうだ。

 問題は、手も足も出ないこの状態で何ができるか、だが。

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