129.絶望
絶望1
静かな怒りを感じた。
感情を爆発させるでもなく、表情に出すわけでもない。けど、確実に彼は怒りを抱えていた。
真っ黒な湖と全身真っ黒な出で立ちが相まって、彼の姿は以前よりもずっと冷たく恐ろしいものに見えた。俺は彼の目に威圧され、完全に硬直した。
竜化を解かれた上、真っ裸で横たわったまま蛇に睨まれた蛙のように動けず、息をすることさえ許されないのではないかという罪悪感に襲われる。
こういうときに黙っているのはよくない。何かしら話した方が得策。わかっていても、身体が言うことを聞かないのだ。
「君は余程あの金色竜と相性が良いらしい」
キースは俺の直ぐ真ん前まで迫り、膝を折った。
フッと小さく笑い、口角を上げてみせる。
「竜と同化するとき、人間の脳は軽い興奮状態となる。度重なる同化は身体に負担をかけるが、その分を差し引いてもかなりの快感を得ていたはずだ。非凡な力を得て、君は“救世主”と呼ばれるまでに至った。ただ私を倒すためだけに、君は二つの世界の犠牲となり、自ら時空の狭間に身を投じた。ここまでは正にシナリオ通り。私を封じたこの男と同じ道程を丁寧に辿ったわけだ」
キースはそう言って、自らの胸を軽く叩いた。
テラが言っていた通り、目の前に居る彼はドレグ・ルゴラの力を封じたという伝説の干渉者。力を使い果たし無防備になった彼の身体を、瀕死のドレグ・ルゴラは乗っ取った。人間という存在に固執し、人間と同化することに対して激しい興味を持った結果だった。
「残念ながら、君は私を倒すことはできない」
彼はそう断言し、不敵な笑みを浮かべる。
前屈みになり、俺の真上に覆い被さるようにして、キースは耳元でそっと囁いた。
「君の身体が欲しい」
全身に悪寒が走り、俺は大慌てで身体を起こした。
サッと後退り、真っ裸だった身体にディアナのデザインしたあの服をイメージして定着させ、両手剣を出現させる。思いのほか瞬時の早変わりに驚いたのか、キースは目元をピクッと動かしていた。
「悪いけど、そういうわけにはいかない」
剣を構えたが、勝てる相手ではないと頭は悟っていた。身体はガクガクと震えているし、足もガタガタだ。悪趣味な迫られ方に、血の気はすっかり引いてしまっていた。心臓がバクバクする。やたらと息苦しい。
「そうだろう。物事には順番というものがある」
俺が向けた剣先など、彼の目には入っていないようだ。
キースはまたニヤリと笑い、瞳を赤く光らせてゆっくりと立ち上がった。
「まずは君の精神を崩壊させなければならない。完全なる受け皿として、真っ白な状態になってもらう必要がある。君は意志が強く、そして酷く頑固だ。私はどうにかしてそれを砕かなければならない。様々な方法を考えた。君は何に対して一番興味を持っているのか。どうすれば壊れるのか。長い間ずっと考え、考えに考えて、私は面白いことを思いついた」
目を細め、キースはじっと俺を見ている。俺の一挙手一投足をまじまじと観察している。
だだっ広い空間の中、お前の逃げ道はどこにもないのだと断言されているような感覚に陥る。実際、湖の上に浮くレグルノーラの大地に戻ろうにも、彼の追随から逃れなければならないし、湖の中に潜ろうにもガラス板のような厚手のプレートに阻まれて潜ることすらできない。仕切りのない閉鎖空間に俺は完全に閉じ込められてしまった。
彼の目はそれを暗に示していた。
「面白いモノを見せてやろう」
キースは言うなり、俺にスッと人差し指を向けた。ぐるんと手のひらを上に受け、ピッと人差し指を軽く上に動かす。彼の指の動きに合わせ、俺の身体はグンと宙に浮かび上がった。
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