【28】全てを終わらせるために

128.湖を抜けた先

湖を抜けた先1

 黒い湖に飛び込む。

 湖面が激しく揺れ、高く飛沫が上がる。

 大粒の水滴が湖面に帰るのを待たずに、俺はできる限り深く潜った。

 二つの世界を繋ぐ不思議な湖は、光という光を全部吸収した。暗い感情が湖に注ぎ込んで黒くなったのだとテラは言う。たくさんの鬱憤とたくさんの不満、欲望、嫉妬、憎悪、恐怖、悲哀……。それらは二つの世界で人や竜が生きてきた証でもあるのだろう。

 湖は、暗い感情と共に暗い記憶も全部呑み込んでいた。

 誰かが泣いたこと、怒ったこと、苦しんだこと、恨んだこと。妬んだり、悔しがったり、はたまた絶望したり。

 潜れば潜るほど、ねっとりとした湖水は竜となった俺の身体に絡みついた。

 水の音に混じって、誰かの声が聞こえてくる。それは助けて助けてと、どこかで泣いているような悲しい声だった。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















『怖い……、怖いよ……』


 耳にやっと届くほどの、か細い声。


『お願い、助けて。助けて』


 何かに怯える少女の声。


『どうしよう、どうしたらいい。誰に相談するの? 怖いよ。私、どうなってしまうの』


 美幸だ。

 直感的にそう思った。思った途端、頭に映像が浮かんできた。

 古びたアパートの片隅で膝を抱え、頭を抱えて縮こまっている女子高生が一人。


『彼は一体何者だったの? 私のことを騙していたの? そもそも……、何のために私に近づいたの……?』











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











『泣いたところで、誰かが助けてくれるわけじゃない』


 映像が消え、少年の声が聞こえてくる。


『一人じゃないだとか、守ってあげるだとか。そういう無責任なことを言うヤツに限って僕から一番に逃げていく。僕の何がいけないんだ。見た目で決めつけるような愚か者じゃないと言ったクセに、結局はみんなと同じ。くだらない同情なんてされるくらいなら、いっそ嫌われた方がスッキリする。……どいつもこいつも、頭が悪すぎる。目障りならば殺しに来ればいいじゃないか』











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











「お前を殺してしまうことが最善の解決策になるが、それでもいいのか?」


 ディアナが誰かを睨んでいる。恨みではなく、哀れみの目。

 誰かが首を横に振る。


「私にはこの世界を守るという使命がある。今お前が宿した命は、今後二つの世界を脅かす存在になるかもしれない。だったら、その前に殺してしまえばいい。それが、当たり前の考えというヤツだ。無事に産まれたところで、同じこと。“向こうの世界”でも“こちらの世界”でも、お前の子どもは歓迎されない」


 絶望したような顔でディアナを見上げるのは、やはり美幸だった。

 助けてくれると信じていたのに。ディアナは簡単に、優しい言葉をかけなかった。


「どちらがいい? 私に殺されるか。自ら命を絶つか。選択肢は二つに一つ。この世界に絶望をもたらす子どもを、私は許すことができない。苦しめずに殺す方法ならいくらでもある。お前が死んだところで、お前の兄とやらも、妹が過ちを犯して自ら命を絶ったのだと納得するのではないか?」


 突き放つような一言に、美幸はブルッと肩を震わした。











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・

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