非情な現実2

「ここは危ない。早く逃げるんだ」


 一人一人の顔を見て、俺はゆっくりとそう告げた。

 皆、見覚えのある顔ばっかりだ。同級生なんだから当然か。

 けど彼らは俺のことは覚えてない。元々影が薄かったのもあるけれど、テラの封印と同時に発動した忘却魔法がその原因だろう。制服は着ているけれど誰だコイツとばかりに俺の方を睨んでいる。

 最後の一人を見る。友達の少ない俺にも、そいつの名前はハッキリわかった。峰岸健太。社交辞令的に相手にしてくれてたクラスメイト。美桜に近づきすぎた俺に対し、最近じゃ陰口まで叩くようになっていたが、俺と会話してくれる数少ない級友だった。


「こいつ、ヤバくねぇ?」


 峰岸が顔を引きつらせ、皆に言った。


「変な羽生やしてるし、身体中鱗だらけだし、刺青までしてやがる」


 ――刺青!

 レグルノーラに関係する人間にしか見えないはずのそれが、峰岸の目にも見えるようになっている。これも黒いもやの影響か。それとも、元々見えていたのか。


『黒いもやの影響だろう。君だって彼らに干渉能力は感じないはず。力の無い人間にさえ力を与えてしまう。そのくらい、あの黒いもやの力は絶大だってことだ』


 確かに、こいつらに力を感じたことは一度もない。黒いもやの出所を探ったときだって、全然候補にすら挙がらなかった。それがこうなってしまってるってことは、テラの言う通りなのかもしれない。

 レグルノーラとは無関係、ならば尚更助けなければ。


「校舎の上を大きな竜が歩いている。このままじゃ踏み潰される。今なら間に合うかもしれない。脱出を」


 目配せするが、彼らは全く動じない。


「竜? 馬鹿か? どこのファンタジー世界だよ」


「コスプレもいい加減にしろよ」


「違う、そうじゃない。今俺がそっから入ってくるの見てただろ? 飛んでたのも。ファンタジーじゃなくて、現実に」


「現実って何? こういう力が使えるようになったってこと?」


 ドンと弾き飛ばされた。机の角が背中に当たり、そのまま半回転して床に打ち付けられる。

 立ち上がろうと膝を立てたところに横から蹴り。立つ前にまた倒される。


「話を、聞い……」


 身体を起こそうとした俺に、誰かが思いきり殴りかかった。頬に激痛が走り、言葉が遮断される。何かが頬に刺さった。何だこの、鈍い痛み。


「うンわ! スゲェ! メリケンサック欲しいと思ってたら、メリケンサック付けてた!」


 言葉を失う。

 まさか、具現化――?


「嘘だろ? 俺もやってみよ。じゃぁ、鉄パイプは? あ~、やっぱ釘バットにするわ」


「え? 俺にもできるかな。サバイバルナイフとか? って、スゲェ! できてる!」


 俺が何週間もかかってできるようになったことを、ヤツらは一瞬で成し遂げてしまう。

 何だこれ。一体何がどうなってる。

 干渉者でもないのにどんどんイメージを具現化してる。一般人がもう一般人じゃない。


『通常レベルのイメージ力さえ持っていれば具現化できるようになっているとしたら、大変だぞ、凌。私たちには見えないだけで、もしかしたらあちこちで同じ事象が起きているかもしれない。救護に当たっているモニカたちも、外で戦っているシバたちも、同じ現象を目の当たりにしている可能性がある』


 可能性……? 可能性って何だ。


『姿形が人間のままなら良いが、下手すれば』


 そこまでテラのセリフが聞こえたところで顔を上げる。

 メリメリと皮の裂けるような音がしていた。釘バットを持った男子の身体が肥大し、制服がバンと弾ける。肌の色は黒く変わり、目は大きくギョロギョロし、大きな牙と大きな角がハッキリと見えてくる。


「オ……、オーガ!」


 ゲームや小説に出てくるモンスターの名を一人が叫ぶ。叫んでいる間に、そいつもまたオーガに姿を変えていく。


「冗談」


 俺は思わずそう零し、慌てて装備を調えた。薄地の制服じゃとてもじゃないが持ちそうにない。全身鎧に替えて、しっかりと盾を持たねば。


『武器は持たないのか』


 とテラ。

 持つ気はない。だってヤツらは元々、ただの高校生で。大穴から這い出た骸骨兵とは全然違う、救うべき存在なんだから。


『無理だな。彼らはもう、人間には戻れない。リザードマンの時と同じだ。戦わなければ殺されるぞ』


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