喝3

 天を仰ぐ。

 崩れた校舎の上に乗っかった白い竜が、更に別棟の屋上も足をかけている。竜は足元を見ることもなく、ただ天を見据えていた。大きな羽を広げて天を仰ぎ、何かと言葉を交わしているようにも見える。

 ドレグ・ルゴラほど大きくはないが、立派な成竜だ。およそ“表の世界・リアレイト”には似つかわしくない巨大な竜。

 敷地の向こうから消防や救急車、パトカーのサイレンが交互に聞こえ、徐々に近くなってくるのがわかった。黒いもやで覆われ異空間と繋がっているとはいえ、ここは間違いなく“表の世界”。この学校の外にも世界は広がっていて、様々な人が生きている。

 望んだわけじゃない。

 選んだんだ。

 平凡な生活と能力の解放を並べられ、俺は後者を選んだ。強くなりたいと願い、それは達せられた。

 今ではもう、何故そちらを選んでしまったかもわからない。

 ただひとつ変わらないのは、美桜を好きだという気持ち。彼女のためにも、白い竜となった彼女をあのままにしておくわけにはいかないのだ。


「モニカ、ケイト、須川。校舎とグラウンドに取り残された生徒を頼む。無事に学校の敷地から出してくれ。芝山とノエルは裏の干渉者たちの援護を」


「凌は? 凌はどうするの?」


 不安そうに須川が言った。


「俺は……、この学校の敷地を囲う結界を張る。外部から一般人が入り込めば更に大変な事態に陥ってしまう。被害をより最小限に留めるためにも、結界で囲ってしまうしかない」


「――そういうのは、僕が得意だ。凌、手助けしよう」


 手を上げたのは陣。骸骨兵との戦いから距離を置いて戻って来ていた。俺と同様、美桜とは親しかっただけにかなり憔悴しきっている。

 俺は頼むぜと陣に合図、陣も任せろと口角を上げ、キザったらしく親指を立てて見せた。

 ぐるっと仲間を見渡す。

 最初はいけ好かないクラス委員程度にしか思ってなかった芝山。帆船はぶっ壊れてしまったが、間違いなく立派なおさだ。キノコ眼鏡じゃ格好も付かないが、それでも必死に戦ってくれる、無二の親友。

 陣。イケメン優男で美桜の幼馴染みで、俺は最初、彼のことが凄く苦手だった。だけど、美桜に対する気持ちの真剣さや、本気で世界を救おうと駆けずり回る様子に、次第に心打たれるようになった。尊敬する干渉者の一人。

 須川。俺のことを好きだと言ってくれた貴重な女子。妙な力を手に入れて暴走しまくったときは本気でヤバいと思ったが、フタを開けてみればなんとも可愛げのある子で。どうして俺なんかを好いたのか未だ納得はできないが、俺を信じてくれる、それだけでとても勇気が出る。

 モニカ。塔の魔女の候補生だった彼女は俺の一番の信者だ。補助魔法、回復魔法は恐らく右に出る者がいないくらいの使い手で、優しくて、強くて。彼女がいなかったら、きっと更に道を踏み外していた。重圧で干渉能力が消えなければ、恐らくディアナの跡を継いでいただろう逸材。必死に頑張る彼女に励まされる。

 ノエル。背伸びした悪ガキにしか見えない彼だが、見た目よりしっかりしていて、何より強い。反抗期真っ盛りで打ち解けるまでに時間はかかったが、お互いそうしなければ会話すらできなかった。まるで少し前の自分を見ているような彼に、俺は何度も救われた。彼がいなかったら、俺は未だ迷っていた。

 それに、レオ、ルーク、ジョー、ケイト。初めて出会ったばかりだってのに、しっかりと自分の役目を果たしてくれる。流石ディアナの寄越した凄腕干渉者。この危機に彼らがいなかったら何もできなかったに違いない。

 誰か一人が欠けてもここまで辿り着かなかった。

 とんでもないことになってしまった事実に違いはないが、言い方を変えれば、それだけかの竜を追い詰めたということだ。


「ここは“裏の世界・レグルノーラ”じゃない。けれど、大穴が空いてその影響をかなり激しく受けつつある。つまり、イメージ力が全てを左右する可能性があるってことだ。どんなに敵が卑劣な手を使おうと、しっかりと前を向いていれば道は開けるはず。ここで一緒になったのも何かの縁。最後まで戦おう。かの竜を倒し、二つの世界に平穏を取り戻すまで」


 意を決して言うと、陣が最初に肩を震わせた。


「何だよ、その“救世主様らしい言葉”は。似合わない」


 しかし、その言い方に俺は嫌味を感じなかった。


「何一つ救ってないのに“救世主”だなんて呼ばれる筋合いはない。美桜が言っていた昔話じゃないが、それに合致する条件の人間は俺しかいないんだから、もう覚悟するしかないんだよ。笑いたいなら笑え。失うモノが何もなくなった今、俺にはそれしか生きる意味がない。だとしたら、どうにかして使命を全うした方がいいかなって、ふと思ったまでだ」


 それが心からの言葉なのか、その場を繕うための言葉だったのか、俺自身にもわからない。けれど、その場に居た何人かには何かが伝わったらしく、涙を浮かべるヤツまで居る。

 不都合な現実を隠しながらも、俺はどうにか現状を打破していかなければならない。

 そのためには恐らく、アレしか方法がないわけで。


「とりあえず、そんなわけで。頼むぜ、みんな!」


 力強く皆が頷き、各々動き出したのを確認して、俺は宙に魔法陣を描き始めた。大きめの二重円に書くのは日本語――……、いや、レグルの文字が良い。一般人に読まれたら色々面倒だ。


「お、文字覚えた?」


 陣がサッと寄ってきて、小声で言った。


「竜石のお陰ってヤツ。砕けたら多分わからなくなる」


「ま、どっちでも使いやすい方でいいとは思うけど、僕はこっちの方が力を注ぎやすいかな。デザイン的に」


 レグル文字は魔法陣に向いている。どの角度からでも美しく見え、バランスが良い。勿論、術者のデザインセンスが一番重要ではあるのだけれど。


「相当強固な結界じゃないと、竜に破られる。わかるな?」


 陣はそう言って、チラリと俺の顔を見た。


「わかってるよ。全力でやる」


 俺はニヤリと笑い返してやった。

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