眠れぬ夜2

「それは……」


 こういうとき、何て答えれば彼女は納得するだろう。

 少しだけ間を置いて、


「怖いなんて、考える余裕もなかった」


 すると彼女はふと身体を起こし、俺の顔をまじまじと見始めた。


「感情なんかより、もっと大きなモノに支配されていて、とにかく必死だった。逃げたら楽だとは思ったけれど、結局逃げようが立ち向かおうが結果は一緒。だったら、やり遂げた方が良いのかもしれないって。葛藤は……当然あった。けど、葛藤しようが何をしようが、やるべきことは変わらない。ならば、もう答えは出てるよな」


 俺の顔が、彼女にはどう映っていたのだろうか。

 彼女は今にも泣き出しそうな顔で、ただただ俺を見上げている。涙を堪えて口をへの字に曲げた美桜の、こんな表情を俺は見たことがない。


「我慢、してる?」


「してない。大丈夫」


「本当に?」


「本当」


 大粒の涙が彼女の頬を伝う。

 腕で涙を拭い取り、彼女はまた潤んだ目で俺を見つめている。

 そっと伸ばされた彼女の手が、俺のTシャツの裾を引っ張って、それからまた、彼女は俺の肩にトンと額をくっつけた。


「シンは……寝てる?」


「テラ? さぁ。どうだろう」


「分離、できないの?」


「どうして」


「キス……したいかなって」


 心臓が激しく鳴った。

 ゴクリと生唾を飲み、鼻で大きく息をする。


「不安で押し潰されそうになるの。やっと戻って来たのに、凌が今にも消えてしまうんじゃないかって苦しくなる。凌を感じたい。抱きしめたい。でも、凌の中にはシンが居るし。無理なら」


 美桜が最後まで言い切らないうちに、俺は美桜を押し倒していた。

 ソファに転げた美桜は、驚いた様子で俺を見上げている。


「シンが見てるかも」


 常夜灯に照らされる美桜。眉をハの字に曲げて、口を歪めている。


「構わないよ」


 俺はゆっくりと彼女に覆い被さって、唇をそっと重ねた。



 秘密を持った者同士。

 惹かれていくのは当たり前というか。

 彼女の唇と自分の唇が合わさって、それから身体のいろんなところが触れあって。

 抱き合って、重なり合って、絡み合って。

 彼女が本当はどうだとか。

 俺が本当はどうだとか。

 二人の気持ちの前ではそんな垣根、最初からなかったみたいに求め合って。

 今、別の部屋でモニカが寝てるのに。ノエルが寝てるのに。俺の身体の中にはテラが入りっぱなしなのに。

 どこか脳の奥深くで、テラが何か喋っているような気はしていた。けど、そんなもの俺には聞こえない。



 理性とか。

 常識とか。

 倫理とか。

 そういうのはもう、どうでもいい。



 ただ、美桜のことが好きで好きで好きで。



 自分の喪失感を埋めるように、とにかく美桜を求めた。



 彼女の吐息だけが頭に響く。

 興奮していく。

 自分が自分でなくなっていくように、ただただ本能のままに彼女を求めて。

 こんなこと、許されるわけがないってわかっているのに、俺は自分を止めることができなかった。


 脳が痺れる。

 今まで感じてきたどんな感覚よりも気持ちいい。

 彼女とひとつになる。

 それがどういうことなのか、わかっているようでいないようで。



 離れたくない。

 壊したくない。



 守りたい。


 今後自分が消えてしまうかもしれないのに。

 いや、消えてしまうのは間違いないってわかってるのに。


 どうして俺は求めてしまうんだろう。



 どうせ消えてしまうなら、大切なモノなんかなくしてしまえば良いのに。



 こんな風に美桜と繋がってしまったら。

 死ぬのが怖くなるじゃないか。


「死なないで」


 腕の中で美桜が言う。


「死なないでよ。私の側から居なくならないで」


 俺の心を見透かすように、彼女はそう続けた。


「昔話は昔話に過ぎないんだって思いたい。いくらシンがあの金色竜だったとしても、凌が救世主だったとしても。死んだら元に戻れないじゃない。二つの世界が平和になっても、凌が居ないんじゃ私、生きていく意味がない。だからお願い、死なないで。絶対に、死なないって誓って」


 美桜、君はなんて健気で、無垢で。


「誓う」


 そして俺はなんて、残酷で冷徹な。





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