犠牲4

「た、大変です。お顔が……、腕も、足も。羽までも」


 強酸で溶かされた身体を、モニカは労ってくれるらしい。桃色の魔法陣を発動させ、傷を癒やしてくれる。


「魔物は……倒したぞ。なのに、どうして船は止まらない」


 俺は肩で息をしながら、無意識にそう呟いていた。

 その形相があまりに怖かったのか、ノエルは青い顔をして首を横に振った。


「わ、わからない。まだシバの意識がある、とか?」


 足元の肉塊に視線を落とす。

 シバの上半身と下半身は完全に千切れていた。顔は見えないが、流れ出ている血の量とこの状態では、生きているとはとても考えにくい。

 気が付くと、俺は手に両手剣を出現させていた。

 おもむろに剣を掲げ、そのまま肉塊に突き刺す。ぐしゃっと肉に刺さる感触。抜き、もう一度刺す。


「おい! 何してんだ!」


 ノエルが体当たりして止めにかかる。けど、俺はこれだけじゃダメだともう一度剣を掲げた。


「完全に息の根を止めるには心臓を打つ。或いは、首を落とすしかない」


「ふざけんな! お前さっき、シバは殺させないって。何やってんだよ!」


「何をやっている? 見ての通りだ。俺がシバを殺した。それしか方法はなかった。ここまできたら中途半端に何かできない。しっかりと息の根を止める。物事が常に何らかの犠牲の上に成り立っているのだとして、俺の場合、それがシバだったのだとしたら、中途半端にしておく方が失礼じゃないか。これで俺は世界を救うしかなくなった。逃げ場を完全に失った。全部ドレグ・ルゴラの仕業だろうが何だろうが関係ない。俺は自分でシバを殺す道を選んだ。そうすることで、俺はこれまで以上にこの世界と運命を共にする覚悟をせざるを得なくなった。なぁに、たった一人、リアレイトからの干渉者が減っただけのこと。彼が偶々俺の知り合いで、親友で。たったそれだけのことだ。大丈夫だ。お前に言われなくても、俺はきちんと前を向いてる」


「向いてません!」


 大きく怒鳴ったのはモニカだった。


「前なんか向いてません。下ばかり見てる。本当は辛いのに、どうして辛いとおっしゃらないんですか。かの竜は卑怯です。救世主様の純粋な気持ちを利用して、踏みにじって、もてあそんで。あんな状況では、誰にもシバ様は救えません。悪いのはかの竜で、シバ様でも、ましてや救世主様のせいでもないのです。そこは……、そこはご理解ください。これ以上、ご自分を責めないでください。お願いです。このままでは……、救世主様が、壊れて、しまいます」


 モニカは優しい。

 俺なんか、壊れてしまっても良いというのに。

 膝を折り、俺はシバだった肉塊を手に取った。甲板に広がるヘドロと血液が膝にくっついて、濃いグレーの服に広がっていく。

 殺したなら、殺した感触が欲しかった。魔法なんかじゃなくて、キッチリととどめを刺した感触を腕に残したかった。そうしなければ、俺は夢の中でぼんやりとシバを失った悲しみに流されてしまうだけだと思った。

 この手でシバを殺した。

 今頃、“表”でも芝山は息絶えたのだろうか。

 美幸は交通事故で死んだことになっていた。芝山はどうだろうか。

 シバの金髪に手を伸ばしたところで、ザワザワと騒ぎ立てるような声がして、俺はすっくと立ち上がった。


「大変だ! って、うぉおっ! なんじゃこりゃぁ!」


 一際デカいのはザイルの声。

 甲板に上がってくるなり、破壊された船長室やら飛び散った肉塊やヘドロやらに目を丸くしている様子だ。


「魔物は倒した。あとは船を止めるだけ。恐らくシバがどこかに魔法陣を残してると」


 最後まで言わぬ間に、ザイルは身振り手振りで緊急性を訴えてきた。


「た、助けてくれ! この船はもうダメだ!」


「どうしたのですか」とモニカ。


「穴が! 変な穴があちこちに!」


「穴?」


 聞き返している間にも、乗組員たちが次から次へと甲板に上がってくる。そして口々に助けてくれと叫んでいる。


「真っ黒い大きな穴がそこら中に開いて、中から黒いモノがわっと噴き出してきた。船長室と一緒だ。お願いだ、助けてくれ!」


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