同化3

 一か八か。

 今まで俺が何度もやられたように。自分の身体を溶かして相手に入り込む。

 生身だろうが何だろうが、この世界はイメージを都合良く具現化させてくれる。

 俺にはそういう能力がある。

 テラが俺の中に入り込み、俺の身体を操ったように、俺だってテラの身体に入り込み身体を操れるはず。

 人間? 竜? どっちの世界の人間? ――関係ない。


 全てはイメージのままに。


 両手で抱えたテラの頭に、俺の頭を突っ込ませる。

 大丈夫、溶ける。俺の身体は溶けてテラと一緒になる。


『何を考えている。やめろ、凌……!』


 テラの苦しみが頭に響く。

 苦しいのは俺も一緒だ。息ができない。自分が今どこに存在しているのか、感覚が掴めない。真っ暗で、重々しくて。まるで泥の中を泳いでいるような。

 頭も、身体も、手も足も。全部全部、溶けていく。俺の身体は分解され、テラの頭になり、身体になり、手となり足となる。


『吐く……、吐き気が』


 嗚咽するテラ。けど、今はそれどころじゃない。

 目を開け。グロリア・グレイから目を逸らすな。

 ヤツの大きな手が俺たちを掴んだら最後、俺がノエルの巨人にやられたように、骨が砕かれ内臓をやられる。

 圧倒的な体格差。勝つためには力ではね除けるしかない。

 視界が赤くなる。血潮の赤。


『うおぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉおおぉおお!!!!』


 天を仰ぐ。叫ぶ。

 身体中が熱を帯び、抑えきれない力がどんどんと放出されていく。力という力が身体の奥底から噴き出し、風を巻き起こした。

 敵も味方もない。洞穴は揺れ、宮殿の柱が壊れ、倒れていく。

 モニカたちの逃げ惑う声。ノエルの生意気な遠吠え。

 そして、


「な、何をした? ゴルドン……! その姿は……、何だ」


 グロリア・グレイがおののいている。


「何だとは……、どういうことだ? 私はどうにかなって……ん?」


 テラの声が洞穴に響く。

 目を開けた。視線が――高い。グロリア・グレイを見上げる角度が違っている。ぐるりと周囲を見渡し、テラは続けて自分の身体を念入りに観察した。


「腕が……ある」


 プテラノドン型の翼竜であるテラには、独立した前足がない。前足は羽と一体化し、関節部に鉤爪がくっついていた。元々筋力のある種類の竜ではない。砂漠で俺を岩場に運んだときだって、重くて辛そうだった。

 ところが視界に入ったのは、鉤爪じゃない。鋭い爪の付いた五本指のしっかりした手。肘と肩には大きな角が生え、胸と腰回りにはしっかりと防具を着けている。そして足。空を飛ぶために細く退化した足ではない。キッチリと地面を掴む足がある。全身を覆う金色の鱗。尻には尾、背中にはしっかりと羽の感触。


「半竜人……? いや、違う。うぬは何者ぞ」


 人型の竜。

 テラが俺に入り込んで全身竜化したときとは微妙に違う。

 まずは大きさ。テラがベースだからか、背が異様に高い。モニカとノエルの頭を軽々と俯瞰出来るくらいだ。筋肉の付き方も、全身のバランスも、どこか人間とは違う。ドレグ・ルゴラの手先、リザードマンともまた違う。


「凌と同化して、私は私ではなくなってしまったということか」


 とテラ。

 当たり。俺がテラにされたのと同じことを、俺もテラにやったまで。


「この奇っ怪な姿でグロリア・グレイに挑もうというのか? 正気か?」


 テラが左手で頬を擦った。顔はどうやら爬虫類っぽくなっているらしい。プテラノドン型翼竜独特の細長い頭の形とは一線を画している。

 相変わらず鏡もないし、自分の姿など半分以上想像でしかわからないが。

 狂ってなけりゃ、こんな強そうな竜に戦いを挑もうなんて思わないわけで。

 剣と盾を出現させる。戦いが苦手だというテラでも、こんだけ戦闘に特化した姿になれば動けるに違いない。


「ちょ……、ちょっと待て。入る方を逆にしても変わらないというのは気のせいだと思うぞ。何度も言うが、私は自分で戦うのは苦手なのだ。相手を動かすのと、自分で動くのとは全然違う。そこを君はまるで理解していないではないか」


 良く言うよ。俺の身体を乗っ取って、救世主気取りだったくせに。


「あれはだな。あくまで君の身体だったからであって」


「――何をごちゃごちゃと。うぬは我を揶揄からかっておるのか」


 脳内とのやりとりは外から見たら変な独り言にしか聞こえないんだった。

 これ以上待たせたら、また妙なことになる。

 テラ。

 悪いけど、ここは俺が主導権を握らせて貰う。


「ハァ? 何を言い出……」


 テラの意識を塞ぐ。いや、言い方が悪かった。押しのける。そして、俺の意識をテラの身体の隅々まで巡らしていく。

 頭も身体も手も足も、全て俺の意思の通りに動くことを確認する。


「グロリア・グレイ。卵と石を守る竜よ」


 俺の言葉がテラの声になって洞穴に響き渡る。

 ピクリとグロリア・グレイは反応し、しばし耳を傾けた。


「待たせたな。準備は整った。あなたが否定した人間と竜との同化をしかと見てもらおう。そして、この戦い方もアリだとあなたが納得したなら、是非竜石をいただきたい」


 沈黙。

 テラの心臓の高鳴りだけが、耳に響く。


「ほぅ……、面白い」


 グロリア・グレイは不敵に笑い、それから大きく両手を開いた。

 やられる、と思ったが、彼女はそのままパシンと手を叩き、かと思うとあの巨体を瞬く間に小さな女に戻してしまった。

 美しい黒髪の女が、目を細めてテラに入り込んだ俺の方をじっと見ていた。半竜のなまめかしい女は、ご機嫌を悪くするどころか少し嬉しそうに笑っていた。


「竜たちを守るために洞穴へ潜む暮らしを初めて早数百年。我を畏れ、まともに話し合おうとする者は少ない。塔の魔女たちでさえ、当たり障りのない言葉ばかり使ってくる。我の務めは竜の卵と石を守ること。卵はあるじを失った竜が眠りに就いたもの、石は竜の力を吸い取り封じ込めるもの。二つとも、大事に大事に守り続けてきた。――正直、退屈であった。ドレグ・ルゴラが地上で暴れても、我はこの地を動けぬ。石を求めて人間が来ても、面白味もなく逃げ帰る。ゴルドンぐらいなものよの、平気で我を怒らせ、我を狂わせたのは。次から次に問題を背負ってきおって……! 平気で聖域を侵し、禁忌を犯し。竜とは何か、人間とは何か。恐らく難しいことなど何も考えておらぬのだろう。――よかろう。うぬらのやり方が正しいかどうか。見させてもらおうではないか。竜と人型では釣り合うまい。我もこの姿で愉しむとしよう」

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