グロリア・グレイ5

 鉤爪が、何かを掴んだ。

 臓器ではない。何だ。何を掴んだ。

 グロリア・グレイが口角を上げ、狂気の顔で俺を見ている。

 ズリズリと身体の奥から何かが引きずり出されていく。

 気持ち悪い。まるではらわたを全部掻き出されるような気持ち悪さ。

 吐き気がする。吐き出したいのに何も吐き出されていない、変な感覚。

 ズゴズゴと変な音を出しながら、俺の身体の奥底から金色の鱗に覆われた竜が引きずり出されていく。俺の身体の数倍もある竜の巨体が、本当に俺の中に入っていたなんて……!

 鈍い音を立てて金色竜が地面に投げ出された。

 ふらつく俺の身体を、ノエルとモニカが後ろからサッと支える。

 身体が軽くなった。嘘みたいに軽くなった。

 目の前に横たわる金色竜は、粘液を纏い、ピクリとも動かない。


「気を失ったフリをしていれば逃れられるとでも思っているのか。卑怯者め。うぬには竜としての誇りがないのか。気高い竜ならば同化などという道は採らぬはず。何故うぬは人間などという下賤な存在に身を委ねる道を選んだのだ」


 グロリア・グレイが杖を横にして両手で掴むと、たちまちそれは、手の中で長い鞭に変化した。

 バチンバチンと地面に鞭を叩き付ける度に、金色竜を覆っていた粘膜が消えていく。

 弾けるような音が洞穴中に響いても、金色竜はびくともしなかった。次第にグロリア・グレイは金色竜の背に鞭を振るうようになる。

 あまりの音に、俺たち三人は顔を青くした。

 竜の固い鱗があってこそ堪えられるのかもしれないが、アレが自分にと思うと、とてもじゃないが見ていられなかった。


『迷惑……だったか』


 テラの声が頭に響く。


『私と同化すること、私と共に戦うことを、君は迷惑だと思っていたか』


 弱々しい声。

 普段の威張り腐った調子ではない、何とも頼りない声。


「いや。迷惑だなんて」


 俺が突然声を上げたことに驚き、モニカもノエルも目を丸くしている。

 そうだった。テラの声は俺にしか聞こえないのだ。


「テラが居なければ俺は強くなれなかった。いつまでも頼りない、美桜の言いなりでしか動けない、最低の男だった。テラが居たからこそ強くなれたのだし、こうして立っていることもできる。いろんなことに巻き込まれたけど、感謝……している」


 グロリア・グレイが鞭を振るう手を止め、不審そうに俺の顔を覗き込んだ。


「感謝……? 馬鹿なことを。うぬは巻き込まれたのだぞ。金色竜ゴルドンに」


「わかってる。でも、感謝してる。嘘じゃない」


「解せぬな。自分の身体をほしいままにされているというのに、うぬは何故金色竜に感謝など」


「理解なんて、して欲しいとは思わない。けど、嘘は吐いてない」


「何を言っている? うぬは己の言葉の意味をわかっておるのか」


「わかってるさ。テラと分離させてくれたことには感謝する。けど、主従関係を止めようとは思わない。テラは俺の大事な相棒だからな。また身体を貸せと言われたら貸すし、俺自身力を借りたいと思ったらいつでも借りるつもりだ。そういう戦い方が性に合ってるみたいだしね」


『凌、君というヤツは』


 金色竜がゆっくりと首をもたげ、柔らかい表情を向けてきた。

 久しぶりに見る、竜の姿をしたテラ。

 単体では戦うことが苦手だと最初に言われた。身体を貸すことに抵抗があったのは間違いないが、いつの間にかそれは、俺たちの中で当たり前になっていった。

 魔法陣一つの契約だったが、それだけが俺たちを繋いでいるとは思わない。今更、テラを突き放すことなんて、俺にはできない。


「話が通じぬな。うぬのような輩には竜石を分けてやることはできぬ」


 グロリア・グレイは明らかに殺気だった。

 次第にその身体から力がにじみ出ているのがわかる。


「どうしても竜石が欲しいというなら、力尽くで奪って見せよ」


 金色の瞳が光った。

 彼女を包む黒い布の下で、身体が徐々に膨れあがっていく。

 皮膚に鱗が浮かび上がり、口は耳まで裂ける。額に角を生やし、背中の羽を大きく広げ――。

 濃い灰色の鱗に覆われた竜がそこにいた。

 宮殿よりも大きく膨れあがった竜が、突如俺たちの行く手を塞いだのだ。

 足を一歩動かしただけで、洞穴中がぐらりと揺れた。テラなど本当に小さい、子どもの竜のようにさえ見える。

 俺たちは慌てて数メートル後ろに下がった。

 とんでもないデカさだ。閉鎖空間でこの大きさはマズい。

 宮殿を照らしていた魔法の火が、あちらこちらに飛び散り燃え始めた。


「さぁ、どうした。愚かな人間と卑劣な竜よ。竜石が欲しいならば全力で奪ってみせよ」

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