昔話2

 転移魔法で橙の館のリビングに戻った俺たちは、まだ緊張の中にいた。

 昨晩ノエルがめちゃめちゃに壊した掃き出し窓や室内の装飾品は、魔法でどうにかしたのか修復され定位置に戻っていた。

 日没が迫り、辺りは薄暗くなってきていた。

 初めての転移魔法に面食らい、須川が軽い吐き気を催した以外は脱落者もなく、関係者が一通り館に集う事態になった。俺、美桜、ジーク、シバ、須川、そしてモニカとノエル。俺を操るテラも入れれば八人が顔を合わせるのは初めてのことだった。

 モニカは不安を前面に出して俺と美桜を交互に見つめながら、ソファの上で具合の悪い須川の頭を膝に乗せ、濡れタオルで彼女の肌を優しく拭いていた。

 俺と美桜はリビングの中央で見つめ合うようにして距離を取り、互いの気持ちを探っていた。

 壁に寄りかかり、こちらの様子をうかがうジーク。

 やはり傷が深く、自立の難しいシバは、ソファの空いているスペースに身体を預け、青白い顔で天井を見ている。

 ノエルは落ち着かず、窓際で外を眺めてみたり、かと思えば室内を右往左往したりしている。

 最初に声を上げたのはノエルだった。


「いつになったら元に戻るつもりだよ。複雑過ぎるだろ。中身と身体がちぐはぐだなんて」


 ノエルはかなり苛立っていた。昨日あんなにやり合って、協会やその帰り道に更にいろいろあって、混乱しているに違いない。頭を搔きむしり、身振り手振りで自分の感情を周囲に伝えようとしていた。


「さっきも話したが、私はこの身体を手放すわけにはいかないのだ。君の気持ちもわからなくはないが、 付き合いも浅い、最初からこういう人物だったと諦めてはくれないか」


 テラはノエルの納得とは程遠い考えを示した。

 本当にこのまま、俺として過ごすつもりなのだろうか。


「そこの二人にはそれで済むかもしれないが、僕たちは納得しないよ。凌の中にいるのがあのときの彼だとしても、だ」


 そう言ったのはジークだった。

 テラとは一度面識があった。ジークの家に美桜や芝山と飛んだときだ。


「だからこそ、魔法で記憶を消そうと思ったのだ。君たちが私の考えに納得するとは到底思えないからな。残念ながら私単体では魔法を操れない。凌の身体を使えば魔法も武器も出したい放題なのだから利用しているまで」


 テラが俺の声で言うと、美桜はギリリと奥歯を鳴らして俺を睨みつけた。


「美桜、残念だが私の考えは簡単には変わらない。今は身体の中で必死に抵抗しようとしているようだが、いずれ凌も私の考えを受け入れるだろう。これは、君の語った昔話と深く関わりのあることなのだ」


「どういうこと……? まさか、悪い竜と戦うつもりだってこと……?」


 美桜の眉がピクリと動いた。


「全ての元凶はかの竜、ドレグ・ルゴラにある。魔物が凶暴化しているのも、悪魔が多く干渉してくるのも、この世界が雲に覆われているのも、だ。そのためには力が必要だ。竜と同化して戦える干渉者の力が」


「だけど、それはあくまで昔話で」


「違うんだ、美桜。昔話じゃない」


 俺はゆっくりと首を横に振る。


「凌と同化して二つの世界の間を通ったとき、私の封印されていた記憶が蘇った。遥か昔、私はある若者と共に、かの竜と戦ったのだ。つまり、昔話に登場する竜は私。他所の世界の人間と同化しようだなんて竜はそうそう存在しないのだよ」


 やっぱり。

 やっぱりそうなのか。

 どうしてそれを教えてくれなかった。


「封印された記憶は、同時にある魔法を発動させる鍵となっていた。何代か前の塔の魔女が面倒な魔法をかけていたのだ。私と同化した干渉者の存在を“表”から消し去る魔法だ。不可抗力ではあったものの、私にはその魔女の意図が読み取れた。強大な力を持ってかの竜を倒せと、そのときが来たということだ。完全な同化を果たせば二度と元には戻れない。私は凌になり、凌は私となる。そうしたら、“表”にはまず戻れないだろう。ディアナもそれを知っていて凌の額に竜石を埋め込んだ。全ては二度と“表”に戻らない前提。私を完全に受け入れた時点で、凌はこうなる運命だったのだ」


 な……んだって……?

 おい、テラ。今、なんて。


『すまない、凌』


 今更のようにテラが俺の内なる声に反応する。


『記憶を封印されていたとはいえ、君を巻き込んでしまったことを謝りたい。そして、こうなってしまったからにはドレグ・ルゴラを倒す以外私たちに道がないということも理解して欲しい。“表”の人間から記憶を消そうとしたのも、彼らとの絆をこれ以上強くして欲しくないからだ。あの凶悪な竜と戦うということは、死ぬかもしれないということ。君は“表”の全てと縁を切ってかの竜に立ち向かわなければならない。ディアナも言ったはずだ。“命を懸けてレグルノーラを守って欲しい”と。まぁ、こうなったのは様々な偶然が重なったからでもあるのだが、受け入れざるを得ないだろう?』

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