鑑定2

 ドリスが装置を操る鑑定士に告げると、ただでさえ薄暗かった中庭が益々暗くなった。鑑定士の持つ端末と、壁面パネルから発せられる光がぼんやりと浮き出て見える。

 しんとした空間、どんなものと戦わせられるのかと腰を落とし警戒していると、ふいに青い色の付いた光が空中に現れた。光は次第に四つ足の動物に姿を変えていく――狼だ。体長が数メートルに及ぶ狼。動物園で見かけるそれの、何倍かの大きさ。


「砂漠狼か」


 ノエルの声が聞こえる。


「オレの巨人を倒したんだ、余裕だろ」


 砂漠狼は光を帯びたまま、ゆっくりと地面に降り立った。

 スープの奴だ。ふと、帆船で出された濃い味わいのスープを思い出した。ミンチにした肉の中から、じんわりと味が染み出てくるのだ。最初はクセがあってウッとしたが、何度も出されているうちにすっかり好物になっていた。帆船にいたとき遠目に見たことはあったが、近くで見るとこんなにも大きいのか。

 マイクロバスくらいの大きさ、と言えば良いか。巨大な狼は牙をむき出して威嚇してきた。咄嗟に退いて距離を取る。

 とりあえず、体勢を整えて攻撃しなければならない。ノエルの巨人の時もそうだったが、倒してみろと言われるのはあまり気持ちの良いものではないのだ。それでも巨人は明確な敵意を見せてきたからやりやすかったものの、こういう場でジロジロ見られながら戦うってのは気持ち悪い。けど、実力を知ればテラとの分離についても糸口が掴めるかも、なんて言われれば避けるわけにもいかない。


「仕方ない、やるか」


 自分を奮い立たせる。

 まずは両手剣。いつものヤツ。右手をギュッと握り、柄の感触をイメージする。重さを感じたところで、砂漠狼に向かって走る。

 靴底に短い草の感触、踏みしめ踏みしめ、飛び上がって頭を狙う――が、相手の方が一枚上手、すばしっこく攻撃を避けた。何度も剣を振り回した。けど、間合いに入ること自体が難しいのか、刃先が全く掠らない。

 今までの相手とは違う。巨大な上に俊敏、つまり相手の動きを封じるか、自分がその動きに付いていくか。どちらかをクリアしなければ直接攻撃は当たらないってこと。

 となれば、魔法。何の魔法がいい? 獣ならば炎か。炎で退路を断てば。

 一旦距離を取って魔法陣、と行きたいところだが、砂漠狼はそれを許さない。俺を噛み殺そうと、何度も牙を向けてくる。避けながら剣を振るう。その度に、やはり相手にも避けられる。

 魔法剣――炎を纏わせるしかない。が、刃先に向け魔法陣をスライドだなんて面倒くさいことをしている余裕はない。直接炎を纏った剣をイメージする。次に剣を振ったのと同時に炎が発生する。

 火の粉が飛んだ。何度もやっているからか、すんなりとイメージが具現化されたのだ。

 炎を帯びた剣に、砂漠狼は確実に驚き、怯んだ。威嚇しながらも後退っているのがわかる。

 それにしても、魔力で生成しているとはいえ、まるで本物の魔物と戦っているようだ。ノエルの巨人にしたってそうだ。張りぼてじゃない、命が吹き込まれた実在する魔物と戦っているのだと錯覚した。実際の魔物と何が違うかと言ったら、血が流れているかどうかってことくらい。魔力で生成された魔物が、プログラムじゃなくて自分で思考して動いているんだから、魔法という未知の力と科学との圧倒的な差を感じる。

 砂漠狼は苦手な炎を必死に避けた。避けて避けて、どんどん結界の隅へと下がっていく。そしてとうとう、鑑定士の一人が立つ結界の角へ。唸りながら炎を帯びた俺の剣を睨んでいる。

 ジリジリと間合いを詰め、俺は次の手を考える。いつだったか、炎に囲まれたことがあった。過去の世界、禁忌の子として五人衆は美桜を焼き殺そうとした。ドーム型に編まれた蔦に火が放たれ、そこから死にものぐるいで脱出したのだ。

 ああいうイメージではどうか。

 周囲を炎で囲まれれば、逃げられないのでは。位置さえ固定してしまえば、攻撃するのは幾分か楽なはず。

 剣を一旦地面に刺し、空いた両手を突き出す。

 空っぽの魔法陣を宙に出現させ、そこに文字を刻んでいく。


 ――“砂漠狼の動きを炎の円で”


 続きが、刻めない。

 向けられた炎がなくなったのを好機に、砂漠狼が襲ってきた。咄嗟に避け、地に転がる。

 折角の魔法陣が消えた。

 準備が完了するまでの間は敵が攻撃して来ない、そんなのはテレビや漫画の中だけか。


「チッ」


 舌打ちし、体勢を立て直した。

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