疑心暗鬼3

 生唾を呑み込み、そっと目を逸らす陣。しかしその目線の先には、やはり疑い深い目で陣を見つめる古賀と芝山が居る。泳いだ陣の目は結局俺の方に向いて、そのまま眉をピクつかせて変な笑みを浮かべていた。


「怪しいな。持っている情報は開示する約束じゃなかったのか」


 腕組みをした古賀が、ジットリと睨んでくる。言いたいことはわかる。わかるからそっちも本当のことを言えよと思いつつ、今疑われている俺たちに、そんな権限は全くない。

 困り果てあたふたしている俺を見かねてか、陣がひと言、


「仕方ない。凌は話しにくいようだから、僕が話すよ」


 フゥとため息を吐き、俺に座るよう促した。

 すまないと目で合図し、陣もこっちでなんとかするからと目で返してくる。

 んんっと一つ咳払いして姿勢を正した陣は、さっきまでの顔芸をすっかり止めて、深刻な顔でグルッと全員の顔を一通り眺めた。


「“かの竜”に関しては、多分この中で僕が一番詳しい。だからあえて喋りたくはなかった。あの残虐非道な竜の名を口にするだけでも寒気がする。砂漠の果てで自分に関しての噂話に聞き耳を立てているらしいという噂まである。それはあくまで昔話であって、現実ではないとは思いたかった。けど、ここ最近その動きが活発化しているとディアナ様はおっしゃった」


「ディアナって、あの塔の魔女?」


 と芝山。


「そう。レグルノーラの治安の象徴ともいわれる彼女が、かの竜の動きを注視しろとおっしゃったんだ。僕が知る限り、かの竜が現れるのは大抵世界の破滅前。世界が滅びる前兆として、何百年も前から恐れられていた白い竜の話は、レグルノーラで脈々と語り継がれてきた。『白い竜には近づかない』『白い竜を怒らせてはならない』『白い竜を見たものは呪われて死ぬ』冗談みたいだと思うかもしれないけれど、そのくらい恐ろしい存在だと思ってくれていい。君たちはそんな昔話を知らないから、平然とかの竜について話ができるのかもしれないが、僕には無理だ。凌はそれを知ってて、僕に気を遣って必死にみんなを遮ってたんだ。気を害してしまったことに関しては、正直に謝りたい」


 陣は一度立ち上がって深々と礼をし、それからまた席に座った。

 なるほどねと、一応うなずきはしたものの、こんなことで納得するようなメンバーじゃないのは最初からわかっていた。


「でも、それだけじゃないでしょ。凌の焦り方はそれにしては異常だったわよねぇ」


 眉をつり上げ首を傾げて美桜が目線を送ってくる。


「そ、それは」


 なんて話そう。なんて話したら。


「凌は、かの竜に命を狙われてる」


 陣はきっぱりと言い放った。

 俺が直接的にそのことを陣に話した覚えはないが、彼は俺の立場をそう感じ取ったらしい。

 ざわつく。まさかという声が上がる。


「嘘、だろ」


 芝山が顔を強張らせて呟いた。


「嘘じゃない。本当」


 俺は細かく何度も頭を横に振った。


「ドレグ・ルゴラを怒らせた。『また会おう』とヤツは言ったが、多分“次に会ったら殺すぞ”って意味。白い竜を目撃したって言うその日に、俺はヤツと戦った。全然刃が立たない、凄まじく巨大な竜だ。ヤツにとって人間なんてひねり潰そうと思えばいつでもひねり潰せるような存在なんだろう。“向こう”で出会ったどの竜も温和で人なつっこくって、従順だった。けど、ヤツは違う。かの竜は、完全に危険な存在だった。だから……、止め、ないか。あんな危険な竜の話をするのは」


 なんとか説得力のある言い訳ができた。

 ナイスサポート。陣にはそれだけ言いたかったが、余計なことを喋ればまた話がややこしくなる。

 チラッと陣を見ると、向こうも何かを感じたらしく、よしよしと小さくうなずいている。


「けど、どうして来澄は白い竜と? 命を狙われるほどのことをしたのかよ」


「元はと言えば、芝山が原因だからな」


「え?」


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