80.疑心暗鬼

疑心暗鬼1

「処分は保留だ。今のところは」


 ジークの煮え切らない気持ちがこの言葉に詰まっていた。

 気を失った古賀はスッと煙のようにかき消え“表”に戻る。これで一応、また俺とジークの二人きりになった。

 森と砂漠の狭間、丈の短い草が湿気を含んだ独特の風に煽られサワサワと騒ぐ。どんよりと曇った空が、遮るもののない砂地の上にどこまでも広がっている。野生の竜の鳴き声が遠くで響き、それに驚いたように小鳥たちがざわめき始める。


「“自白を強要する魔法”というのが存在するらしい。昔、ディアナ様に聞いたことがある。が……、脳みその中をかき回すようなその魔法は、術者にも多くの負担をかける。余程の悪事を働いたか、その行動によって世界が破滅してしまう可能性が大きくなったか、それくらいの重罪人にしかかけるべきではないよとディアナ様はおっしゃった。そこまで値しないとは思うが、彼には何かがある。僕と美桜の勘が正しいなら、だけどね」


 自白、という言葉に反応する。

 俺は見た。過去の世界で、美幸がその魔法をかけられているのを。死んだような目をしてスラスラとかの竜について語っていた。

 あんなことまでして真実を探るのかと、胸くそ悪くて吐き気がしたのを思い出す。


「もし仮に、最悪の事態、古賀が敵対勢力のいずれかだったとしたら、どうする」


 恐る恐る目を上げると、ジークはこれまでにない恐ろしい顔で――鬼のような顔をして、虚空を睨んでいた。


「怜依奈のときのようにはいかないだろうね」


 寒気がした。

 俺が思っているのよりずっと、この曖昧な異世界レグルノーラにとってよろしくないことが起きているのだと感じさせるひと言だった。





□■□■□■□■□■□■□■□





「先生、古賀先生、大丈夫ですか」


 閉め切られた会議室に、古賀は倒れていた。

 サウナ状態で全身ぐっしょり汗に濡れていて、床にもその滴が垂れていた。

 俺とジークより先に戻ったはずなのにと思いつつ、これもまぁ、タイミング的な問題だろうと古賀を揺さぶり起こす。

 時計の長針は48分を指していて、芝山の言った50分までの休憩というのがもうすぐ終わりそうだった。


「おい、どうした」


 もわっと蒸された会議室のドアをわざとらしく開けて陣が入ってくる。転移魔法で砂漠から自宅へ戻り、それから“こっち”に飛んでくる必要があるとかで、タイムラグがあるのだ。言われてみれば結構面倒くさいことを色々とやっているようだ。


「あ、陣。先生が倒れてて」


 俺もわざとらしく、今初めて先生を発見しました的な発言をしてみる。

 汗だくだった陣のシャツは乾いていた。“向こう”から戻ってくる途中でシャワーでも浴びたのだろうかと思えるほど、さっぱりとしていた。

 俺も俺で、古賀を見つけたフリをする直前に魔法でサッと服を取り替えた。あのままじゃベトベトして、とてもじゃないが女子二人と同じ空間に戻るのがはばかられたからだ。


「先生、何してるんですか。起きてくださいよ」


 何度か揺すると、古賀は唸ってゆっくり顔を上げた。頭を押さえ、掻きむしり、


「あれ……? 俺は何して……」


 意識が混濁しているのか、身体を起こしながらブツブツと呟いている。


「先生、時間です。みんな待ってますよ」


 いつもと変わらぬ調子で陣が言うと、


「あ、悪い。今行く」


 古賀はよろよろと立ち上がり、たどたどしく廊下に向かって歩き出した。

 俺と陣は目で合図して、古賀の後ろについて歩く。

 背中を丸め、汗でびっしょり濡れたシャツを胸元でパタパタさせながら、古賀は何度も首を傾げていた。

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