有頂天2
招集されたのは、水曜の朝だった。
ツツジ公園には相変わらず、朝早くからたくさんの人が訪れていた。
以前美桜と待ち合わせしたときは、初夏で鮮やかなツツジが咲き誇っていたが、真夏になり濃い緑色になった葉が別の味わいを見せてくれる。植物には詳しくないが、品種によって葉の色や形に微妙なばらつきがあり、これはこれで見ていて面白い。
公園中に植えられた木々も枝いっぱいに葉を茂らせて、僅かに吹く風に揺らされサワサワと心地のいい音を立てる。油蝉は朝からウザいほど鳴いていて、午前中なのに高い位置まで到達した太陽がギラギラと日差しを注ぐのと競い合っているようにも思えた。
集合時間より10分ほど早めに到着しすると、既に発起人の芝山が相変わらずセンスのない格好で木陰のベンチに腰掛け、参考書を読んでいた。半端に伸びたキノコカットが気持ち悪さを倍増しているのだが、本人はそのサラサラな髪の毛を気に入っているようなので、あえてツッコミはしない。
「よぉ」
声をかけると、芝山は俺に気が付いて本を閉じた。
「また勉強の合間に勉強してんのか」
せめて娯楽性の高い物でも読んでりゃいいものを、夏休みの午前中ののんびりした時間帯でも参考書とは、芝山は一体何を目指しているんだろう。
「ほっといてくれ」
と、眼鏡をクイクイさせて睨んでくる。
そうこうしているうちに陣が来て、須川が来た。
須川は緩めのTシャツに七分丈のカーキのズボンという甘すぎない格好で、余程日に焼けたくないのか、麦わら帽を深々と被り、二の腕まですっぽり隠れる長い白手袋をしていた。
「凌、久しぶり。会えるのが楽しみでついつい服選ぶのに時間かかっちゃった」
須川が俺を下の名で呼ぶので、陣が目を丸くした。
「あれ? そういう……仲?」
須川は照れ笑いして、
「まさかぁ。干渉者は下の名前で呼び合うんだって聞いて。私も~って。あ、凌のことは諦めてないって本人にも言ってあるから大丈夫。芳野さんには負けていられないもんね」
なんだろう。夏休みはこうも人を変えるのかと言うくらい、須川は須川でおかしなことになっている。教室ではかなり根暗なイメージだが、実際こうやって関わるようになって見えてきた彼女の新たな一面なのかもしれない。
「陣君のことも下の名前で呼ぼっか。えっと、陣……なんだっけ」
「あはは。それなんだけど、僕のことはそのままで良いよ。大体、こじつけで付けた名前だし。“郁馬”なんて言われても反応しないかも」
須川はきょとんとしていたが、俺と芝山は顔を見合わせて苦笑いした。
「あ、先生」
一番最初に気が付いたのは芝山だった。参考書をベンチに置いて立ち上がり、深々と礼をする。
「おはようございます。朝からありがとうございます」
「おはよう。全員揃ってる? ……ん? 芳野は?」
古賀は夏休み中に更に日焼けし、元の肌の色がどんなだったかわからないくらいガッツリと茶色になった肌から白い歯をちらつかせた。これだけ日焼けると表情が直ぐにわからないのが難点だ。隆々とした筋骨がポロシャツの下からも想像できるくらいしっかりとした逆三角形のシルエット。如何にも運動部の顧問といったところだ。
「美桜のマンションは直ぐそこなんだけど。近い人ほどギリギリって言うし、もうそろそろ来るんじゃないかな」
腕時計を見ながら陣が言う。
「で、その公民館ってのは」
古賀が尋ねると、
「ここから歩いて5分くらいのところです。今日は偶々他に利用者は居ないらしいんで、広めの部屋をあてがってもらいました。冷房付きだし自販機もあるし近くにはコンビニもあるし、申し分ないんじゃないかと」
芝山は任せてくださいとばかりにスラスラ言った。
古賀は感心したように腕組みして何度もうなずいている。
立ち話して数分、陣が何かに気付いてパッと手を上げた。
「美桜。待ってたよ」
濃緑の木々の下に映える白い日傘。桃色の花柄のトップスに、くるぶしまでの長いフレアスカート。珍しく緩い三つ編みが、眼鏡にもよく似合う。
綺麗だ。
まるで彼女の周囲だけ空気が違う。凜として、潔癖で。
この間の甘ったるい彼女の顔やキスを思い出すと、俺の心臓は急に大きく鳴り始めた。
どうしよう、どんな顔をしよう。迷っている間にも、彼女はどんどん近づいてくる。
「遅くなってごめんなさい。私が最後かしら」
美桜はいつも通りのクールさで、特に俺の方に気を止めるでもなく全員の顔に目配せした。
「じゃ、行こうか」
ベンチに置いていたデイパックをヒョイと持ち上げ、芝山が公園の出口を指さす。それに続いて各々が歩き出した。
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