【19】侵食
76.有頂天
有頂天1
あの日以降も芝山はほぼ毎日やってきては、宿題を教えてやると言いながら“向こう”で砂漠の旅を楽しんでいた。芝山が意識を飛ばしている間は、ほんの少し居眠りをしているだけに見えて、何とも不思議な感覚になる。俺もこうやって授業中や放課後にレグルノーラを駆け回っていたのだから。
未だに二つの世界をどうして行き来しているかは謎だし、“裏の世界”でしか使えなかった魔法が何故“表”でも使えるようになったのかも説明できない。それは芳野美幸、つまり美桜の母が何故かの竜“ドレグ・ルゴラ”の子供を孕み、“表”で美桜を産むことができたのかということと同じくらい不可解だ。
レグルノーラが意識だけで繋がっている世界ではないというのは確かだ。
この前、美桜の部屋が裏の世界に侵食されて大穴が開いてしまったのが、その証拠だ。裏の世界とは直接関係のない家政婦の飯田さんにもあの現象はしっかりと見えていたようだし、大勢で同じ体験をしたのだから覆しようのない事実だったのだ。
美桜とはあれっきりで、連絡も取ってない。
元々頻繁にやりとりなんかする仲じゃないし、俺も美桜も、何か差し迫ったことでもなけりゃ連絡なんかしあうタチじゃないわけで、その辺は向こうが『好き』の意思表示をしようがしまいが何ら変わらなかった。
かといって会いたくないかと言われたら、そんなことはない。けど、別に会いに行く用事もなけりゃ、会いに来て欲しいなんて言える立場でもない。レグルノーラで会うって方法もあるにはあるんだろうけど、彼女が今どんなところでどんな行動をしているのか、俺は全く情報を持っていなかった。ここしばらく、彼女とは向こうですら会ってはいないのだ。
ただ、美桜のことは毎日考えた。
あの心境の変化は何だったんだろうと、それが一番の疑問だった。
吊り橋効果というヤツがあるらしいとネットで見た。緊張感や緊迫感のある場面でのドキドキを恋愛のそれと勘違いしてしまうというヤツだ。黒大蛇事件や大穴事件を経て、その場にいた俺に妙な感情を抱いてしまったと考えればある程度納得いかないこともないが、人間ってのはそんなに簡単に恋に落ちてしまうのだろうか。その辺よくわからなくて、結局、なんでこうなったんだろうとまた振り出しに戻ってしまう。
それにしても、思い出すだけで興奮する。
あの柔らかな胸、唇。触り心地の良い肌。女子って生き物は、何であんなに気持ちいいんだろうか。それに、あの匂い。優しくてホッとする。
あんなことまでしたってことは、俺、“偽りの彼氏”から“本物の彼氏”に昇格したって思って良いんだろうか。けど、そんなことどうやって美桜に確認しよう。『俺たち、本当に付き合ってるって事で良いんだよね』とか『美桜は俺の彼女だって公言しても怒らない?』とか、……ダメだ。恥ずかしくて言えたもんじゃない。
今度Rユニオンでみんなと久々に顔を合わせる。そのときにどんな顔をすれば良いのかなんて、考えなくてもいいことに頭を使ってしまう。
美桜は俺のこと、やっぱりあのとろけるような目で見つめるのだろうか。まさか身体を寄せてきてカップル繋ぎとかしちゃったりするのだろうか。
ユニオンで集まれば須川怜依奈も必然的に来るわけで、美桜と俺の中が急接近していることに嫉妬なんかしちゃったりして。アイツ、勝手に三角関係宣言なんかしてたから、メチャクチャ怒るかもしれないな。でもって、また例の大蛇なんか出したり……いやぁ、それはないか。
でも、修羅場にはなりそうな気がするな。『芳野さんとはどこまでやったの? 私が凌のこと好きなの知ってて……!』とか『見せつけるなんて最低ね』とか言われたり。ありえなくはないけど、それもまぁ、仕方ないか。だって俺じゃなくて、美桜の方が俺のことを好きだっていってくれたんだから、そのくらいの嫉妬、受け止めて上げなきゃ。
……っと、妄想が過ぎた。
いくら何でも浮かれすぎだ。
俺としたことが。今まで何されても動じなかった俺が。大人の階段を一歩上がってしまったことで、完全にキャラ崩壊してしまっている。
平静を保つんだ。
そうしなきゃ、あいつらに何を言われるかわかったもんじゃないんだから。
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