ドレグ・ルゴラ2

 腕が……痛い。千切れそうだ……!

 凄まじい力で握りしめてくる。このままじゃ、筋肉が千切れる。骨が折れる。

 苦痛に顔を歪めると、ドレグ・ルゴラは笑いだし、パッと手を放した。腕をさすり、悶絶する俺の肩をポンポン叩き、


「ゴメン、やり過ぎた」


 と、今度は一転して優しく声をかける。

 わから……ない。何を考えている?


「目的は何だ。俺と出会って、ひねり潰そうと? そんなの、あなたの力をもってすりゃ、簡単なことじゃないか。わざわざ人間に化けておさ言伝ことづてし、俺が接触するのを待つなんて、まどろっこしいことをしなくても、俺はちょくちょくこっちに来てるし、見計らって殺せば済むこと。違うか……?」


 腕をさすりながら俺は彼を睨み付けた。いや、実際には上目遣いで必死に見上げたという程度。元来の目つきの悪さがたたったか、ドレグ・ルゴラはまたも喉を鳴らし、不機嫌そうにこちらを見下ろしている。


「殺す必要があるなら、ここに来る前に君を殺していた。君には、働いて貰わなければならない」


「は……働く?」


「私の可愛い“ミオ”は、まだ私の存在を知らない。自分に偉大なる竜の血が流れているとも知らず、日々悪魔と戦っているのだ。最近、“表”にも“悪魔”の影が現れるのだろう。いずれ影は実体化し、この世界と同様に人々を襲うこととなる。そうすれば、ミオは更に戦いに巻き込まれていく。“表”は“こちら”と違い、魔法が発揮しにくい世界だと聞く。君には、ミオの手助けをして貰いたい。彼女が窮地に陥ったときには是非、君が駆けつけ、力を貸して欲しいのだ」


 どういう風の吹き回しだ。

 俺のことを憎んでいるようなことを言いながら、一方で力を貸せとは一体。

 ドレグ・ルゴラは怒りを静めるようにして一息吐き、俺の顔をまじまじと見ながらこう尋ねてきた。


「補助魔法は使えるか」


「補助……いや」


「簡単な話だ。ミオが力を発揮しやすいよう、補助魔法をかけてあげればいい。今の君なら“表”でも“裏”でも自在に“力”が使えるはず。いつも通り魔法陣を宙に浮かべ、文字を刻む。レグルの文字ならば一層良いが、君は書けるか?」


「いや」


「ならば“表”の言語でも構わない。“偉大なる竜よ、血を滾らせよ”と。難しいことではない。単純な魔法だ」


「それ……だけ?」


「至極、単純だ。君ほどの能力の持ち主なら、容易いはずだが」


 確かに、単純だ。単純すぎる。

 が……、真意がわからない以上、簡単に引き受けることはできない。

 この場を切り抜けるためにも、とりあえずわかったとでも返事をするべきか。


「疑っているようだな。無理もない。が……、私はミオを、あの子を愛しているのだ」


「――嘘だ」


 無意識に、言葉にしていた。


「愛しているなら、何で彼女を直接的に助けない。美幸にしたことも、この世界を滅ぼそうとしていることも、俺は知ってる。信じるための材料が全然足りない。協力なんてできない」


 残忍で冷酷な竜が、どんな興味を持って美幸に近づき美桜を産ませたか知らないが、今更のように『愛している』だなんて、よくもそんなこと。


「ミオの一番側に居る君に、是非頼みたいと思ったまで。それを曲解されるのは癪だな」


 ギリギリと歯を鳴らしているうちに、ふと手の中に、柄の感触が。倒したい――、こんな危険な竜、放置していたら大変なことになると、心のどこかで思っていた、それが形になって現れたのだ。

 剣を握り、構える。

 倒せるなんて思っちゃいないけど、抵抗しなければ呑まれてしまう。本能が、そう言っている。


「刃向かう気か」


 ドレグ・ルゴラは肩で笑いだし、そのまま両腕を胸の前で組んで前のめりになった。


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