再戦3
「君、“表の干渉者”か」
肩で息をする俺に、さっきの男が話しかけてきた。
そういえば、今日はいつもの制服じゃなくて、市民服にしたんだった。服装を変えるなんて普段はやらないから、周囲からどう見えるかなんて考えてもみなかった。なるほど、能力さえ使わなければ、“レグルノーラ”に完全に溶け込める。美桜もこうやって服装を変えてた。そうすることで動きやすくなっていたって、今更だけど納得する。
「まあね。そんなことより、眼ン玉一つくらいで安心してないで、次。もっと広範囲を効率的に攻撃できればいいんだけど」
俺は男を横目に、剣を握り直した。
気付けば汗もダラダラで、ただでさえピッタリフィットの市民服の中はすっかりベタついていた。だけど今は、そんなこと気にしている場合じゃなくて。
小さい目玉ばっかりに気を取られてても仕方ない。本体を、本体を攻撃しないと意味がないんだ。
「二段構えで行くか」
男が言う。
「っていうと?」
「一度凍らせた後に炎の魔法で焼いた。そしたら、いつもより効率よく倒せた。ってことは、急激な温度の変化に弱いのかもしれない。二手に分かれて、一陣は氷系魔法、二陣は炎系か爆発系の魔法で追撃する。広範囲で一気に倒すとしたら、この方法がベストだろう」
「なるほど」
話は聞いたなと、男は周囲に目配せした。その場にいた、男女入り交じって十人弱の戦闘員たちはそれぞれうなずいて、ダークアイを取り囲むように散っていく。
俺も深くうなずいて、魔法陣の錬成を始めた。
程なくして、いくつかの魔法陣が青白く輝き始める。宙に浮かび上がったその青色は、水・氷系魔法の証。それぞれに文字を刻み、ある者は凍てつく氷の粒を、ある者は吹雪を、ある者は大きな氷の
その間にも、ダークアイは触手を伸ばし、術者を呑み込もうとする。それを、空中から竜が威嚇し、その度にダークアイは触手を引っ込めた。
ある程度魔法を出し尽くした、その頃合いを見計らって、第二陣。俺もこっちに参加する。赤く輝く魔法陣――炎と爆発系の魔法だ。イメージはそう、大きな火の玉を作って……、拡散させる。
――“炎の塊よ、ダークアイの懐で弾けろ”
魔法陣に文字を刻み、一気に魔法を注ぎ込む。
火の玉……、もっと、もっと大きく。膨れろ、膨れろ。
熱を発し、熱風が吹き出すのを肌で感じながら、大きさを確認する。直径30センチ、40センチ……もっとだ。50……、60。これが限界か。両手で押し込むようにして、炎の塊をダークアイめがけて放った。眼ン玉や触手をすり抜け、本体の近くまで飛んでった塊は、そこで拡散。
続けて、二陣に参加した戦闘員らの魔法もどんどん発動していく。
目玉が破裂する、触手が蒸発する、本体に穴が開く。
こころなしか、徐々に身体が縮んでいくようにも見える。ダークアイに絡みついていったあの黒いもやも、少しずつだが小さくなっていく。
あと少し。
今度は別の魔法を。
再び魔法陣を錬成する。赤い、魔法陣。さっきより少し大きめのそれを宙に描き、文字を刻んでいく。
――“炎を含んだ嵐を巻き起こせ”
右腕を左腕でしっかり支え、手のひらに力を入れて、しっかりと魔法を注ぎ込んでいく。瓦礫で足場も悪く、決して力を入れやすい環境じゃないのだけれど、そんなことを言い訳にして、“解放”された“力”とやらを使えないんじゃ、何のための“覚醒”だって、また周囲にどやされる。当然、そんなことを言うようなヤツは今近くに居るわけじゃないんだけど、せっかく使えるようになった“力”、ここで存分に発揮しないで、どこで発揮する。
魔法陣から風が吹き出す。
炎を纏った風。風は徐々に風速を強め、嵐になる。炎は周囲に散らばったダークアイの欠片を焼き尽くした。それを確認しながら、足場の悪い大通りをどんどん進んでいく。魔法に巻き込まれぬよう、周囲の戦闘員らはうまく道を空けてくれる。その度に俺は頭を下げて、前に進む。粗方の欠片を焼き尽くしたところで、俺自身の集中力も魔法も尽き、後残るは本体だけ。
やっとこさ辿り着いたが、どうしてくれよう。せせり立つ本体にはギョロギョロの目玉が無数で、それだけで俺の足はすくんでしまった。
コイツを何とかしなきゃ、その先、市民部隊の連中とゆっくり話をする時間なんて、取れそうにないわけで。早くしないと“キース”とか名乗った、恐らく“かの竜”の化身と思われる人物との接触も難しくなる。
額の汗を腕で拭い、本体を仰ぎ見た。
曇天と、黒いもや、それから無数の目。
こんな化け物に、どうやって太刀打ちすればいいんだ。いくら“能力が解放”されたとはいえ、限界だってあるだろうに――。
思った矢先。
ドンという強烈な破裂音と共に、ダークアイ本体上部に穴が開いた。恐らくは本体の向こう側、俺とは真逆の位置で誰かが戦っているのだ。ドンドンと、今度は二発、続けざまに穴が開く。はじけ飛んだ本体の欠片が凄い勢いで落下してくるのを、俺や一緒に戦った戦闘員たちは必死に避けた。
ベチャベチャッと気味の悪い音を立てながら、黒い塊が地面に打ち付けられていく。さっき魔法剣で切りつけたときと似た、焼かれた断面を含んだ塊は、音がする度、ドサドサと落ちてくる。
更に、追い打ちをかけるようにして爆発魔法。通りの真ん中を塞いでいたダークアイの塔が、真ん中からポッキリ折れ、よりによってこちらに向けて落ちてくる。
潰されたらたまったもんじゃない。
今来た道を引き返し、必死に逃げる。
全方向から攻撃していたのかもしれないが、よりによって味方の居る方に攻撃してこなくても。確かにダークアイはダメージを受けているけれども。きちんと周囲を見まわした上で戦ってくれないと。
50メートルほど戻って、振り返った。
砂埃が立ち、黒いもやもやとダークアイの粘着質の欠片が瓦礫に被さって、さながら世紀末の光景を醸し出していた。
どうやらダークアイは、戦いに負けたらしい。大きく広げていた身体を急速に縮め、そのままスッと煙のように姿を消した。
勝った、と解釈していいのだろうか。
ハッキリとわからないところが、何とも気持ち悪い。
それにしても、魔法を使い切った後の猛ダッシュは辛い。肩で息をして、喉がカラカラで痛くなって、その上、胃もキリキリしてくる。唾液腺から噴き出すヨダレを拭いつつ、俺はゆっくり頭を上げた。
「美桜!」
誰かが叫んだ。
俺はハッとして、彼女を探す。
煙が少し落ち着いて、遠くまで見渡せるようになってくると、うずたかい瓦礫の上に大きな筒を担いだ女のシルエットが見えてきた。
「なんだ。凌ってば、ちゃんと来てるんじゃない」
美桜だ。
学校を休んでいた美桜が、揚々として俺を見下ろしていた。
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