突然の申し出3

 ディアナの言った通り、確かに頭痛も腹痛もどこか遠くに消えてしまった。身体が重いだとかだるいだとかいう症状もなく、飯も美味いしよく眠れた。

 ただ、イマイチ“こっち”の世界で力が使えるのかどうかわからないのが難点。元々イメージ能力が貧困で、追い詰められないと発揮できないという体たらくぶり。何もない日常生活の中で力が本当に使えるのかどうか。いや、日常で使えたらそれはそれであまりよろしくないような気もするが。

 いわゆる瞬間移動的なことができたら、通学も幾分から苦になるのではないかなどと、坂の上に向かって歩きながら考える。単に、怠惰目的に使いたいと思っても、必要に迫られているわけではないからか、力は発動しない。遅刻スレスレで走っていたならば、もしかしたら使えたりするのかもしれないが、“こっち”で力を使うなんてことはまずないだろうと、俺は甘く考えていた。

 頭のもやもやもすっかり取れているはずなのに、校門を抜けると可笑しいまでにあちこちに黒いもやが立ちこめていて、妙な緊張感に襲われる。

 俺が砂漠に行く前に見たものは幻ではなかった、頭痛のせいではなかったということ。

 参ったな。

 レグルノーラで魔物退治する前に、こっちでも何かと動き回らなくてはならない予感がする。それを、美桜に相談したいところだが、昨日の今日で話をしてくれるかどうか。

 相変わらずの夏日で、朝からグッタリとするような暑さだ。

 あと10日もすれば夏休み。できればその前に、ある程度のことは掴みたい。

 気を失っていた一ヶ月が悔やまれる。あの間に何が起こっていたのか。詳しく聞きたいが、一体誰に聞けばいいのやら。

 教室に入り、荷物を机に置きながら考えていると、キノコカットの眼鏡がゆっくりと近づいてきた。芝山だ。


「おはよう、来澄君。ちょっと……いいかな」


 眼鏡の縁を指でクイッと上げながら、芝山は俺を教室の外に誘った。

 何だ。来澄“君”て。気持ち悪い。

 帆船でのことを思い出し、何だか妙な気持ちになりながら、俺は誘いに乗って芝山の後に付いていった。別棟の文芸部室の前まで来ると、芝山は辺りを見まわし、中へ入るよう合図する。がらんとした教室に、いくつかの机と椅子。本棚にはライトノベル、それから机の上に散乱した薄い本。


「ここなら、誰にも聞かれないと思って」


 よりによって薄い本の表紙には、少女漫画チックな二人の男が描かれてあり、何故かしら二人とも上半身裸で、向かい合っている。その横にある薄い本には、唇を重ねる二人の男が表紙に堂々描かれており、気持ち悪いことこの上ない。

 なんで芝山はこの部屋を選んだのだと思ったが、カーテンをシュッと引いたことで納得した。この教室、なぜか廊下側にもカーテンが付いていて、グルッと一周外部からの視線をシャットアウトできるようになっているのだ。

 教室はすっかり薄暗くなった。

 芝山は周囲を見まわし、カーテンをし忘れてないか、他に誰もいないか指さしで確認して、まぁ座れよと、薄い本の近くの椅子を指し示した。仕方なく椅子を引き、できるだけ薄い本から遠ざかって座る。芝山も、近くの椅子を引っ張ってきて、俺に向かい合うようにして座った。


「美桜休みだって。君、何か知ってるだろ」


 身を乗り出して口から出したセリフが、これだった。


「ハァ? 知るか」


 “美桜”と呼び捨てにするあたり、明らかに“向こうでの俺のことを知っているよ”アピールであることは間違いなさそうだ。

 ふぅんと芝山は怪訝そうな顔をして仰け反り、腕を組んで目を細くした。


「ま、居ないから呼び出すには丁度いいと思って呼んだんだけど。“こっち”でも美桜とべったりなのはあまり感心しないな。いくら同じ“干渉者”だからって、竜まで従えてる来澄がどうして美桜の金魚のフンみたいになってるんだ」


 やっぱり、そういう話題か。

 砂漠にいた芝山と俺と、どこで時間が交差したのかわからないが、どうやら芝山の方が先に俺に会っていたらしい。昨日睨まれたのはこのせいか。


「だから、美桜が俺と交際してるなんて言って誤魔化したんだろう。そう言っておけば、一緒にいても怪しまれないからって。それより、そっちこそ、いつから俺のこと知ってたんだよ」


「さぁ、いつだったかな。……って、そんなこと知ってどうする」


「まぁ、そうだな。確かに。重要性の順番ってのもある。二次干渉者的には美桜が休みだと、ゲートをくぐれない、とか?」


「そんなとこだ」


 なるほど。行きたくても“向こう”に行けない。土日や長期休暇のときは、あの船をしばらく留守にするしかないわけだ。


「で、話ってのは」


「察しは付いたと思うけど、来澄、ボクを君の“二次干渉者”にして欲しくて」


「ハァ?」

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