39.時空嵐

時空嵐1

 帆船は徐々に速度を緩めた。

 森の緑色が視界に入り、砂と湿気が混じっただけだった風に清々しい緑の匂いが混じってくる。木々のラインがハッキリとしてくると、否応なしに胸が高鳴った。


「砂地が終われば、船は進めなくなる。森までは車両で移動する」


 甲板の上から森を眺めながら、おさは言った。


「車両?」


 俺が聞くと、


「物資調達のために森へ入るんだ。市民部隊の支援者が適度に集めてくれる食料と水を引き取りに行く。辿り着く時間軸は様々だが、市民部隊はいつでも支援してくれるし、街まで出ていくこともある。砂漠じゃ、得られるものが限られているからな。少しでもいろんなものを調達しておかないと。本当はもっと効率的に旅ができればいいんだが、食い物だけは背に腹かえられないところがある。いくらコックが優秀でも、節約には限界があるしな。なにせ、見ての通りの男所帯。食わなきゃ、動けなくなる」


 おさは苦笑いした。

 船内の水は、魔法で出しているのだとは聞いていた。調理場では意外にも火を使っておらず、“あっち”でいうところのオール電化状態だった。実際、火事でも起きたら消しようがないというのが、理由らしい。

 糞尿はバイオ分解して肥料にし、船内の一部に作られた小さな農園でちょっとした野菜を作っていたし、いわゆる“太陽光発電”のようなもので作られたエネルギーを照明やら保冷に利用していると聞いた。

 ファンタジーとSFの間のような、奇妙なバランスで、この世界は成り立っているのだ。


「来澄には後でエアバイクをあてがってやる。森からは別行動だ」


「え? いいのか」


 突然の申し出に、俺は目を白黒させた。


「お互い、この世界に居続ける目的が違うからな。私はまた、砂漠へ戻る。そうして、ゆっくり時間をかけながら、砂漠の果てを目指すつもりだ。お前にはお前で、“世界を救う”とかいう途方もない目的があるんだろう。どっちが先に目的を達成できるか知らないが、報告は“あっち”で、というのはどうだ」


 おさはニヤリと笑いを浮かべ、天を指さす。


「わかった。じゃ、あっちで」


 俺も釣られて人差し指を上に向けた。

 まもなく停泊すると言って、おさは操舵室に消えていく。その後ろ姿に、テラはフッと軽く息を漏らした。


「なんだかんだあったが、いい“仲間”ができたんじゃないか」


「仲間? まあ、そうかもしれないけど。芝山とはここでお別れだ。もう、砂漠に入ることはないだろうしな」


「先のことは誰にもわからない。断定的表現を使うべきではないと思うが。それに、“向こう”ではそれなりに身近な存在なのだろう。強い味方になりそうじゃないか」


「ハハッ。だといいけど」


 美桜のことがあってから、やたらと変な視線を向けてくる芝山の顔を思い出した。“向こう”では、本当にいけ好かない、感じの悪い奴程度にしか思わなかったのに。人生ホント、何が起こるかわからない。

 進路方向に、うっすらと緑色の地面が見え始めた。丈の短い草が、砂漠の終わりを告げようとしている。

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