息つく間もなく2

『魔法を併用しろ』


 そうだった。確かサンドワームのときも、同じように魔法と剣を。

 右手に力を込め、燃えさかる炎をイメージする。ノコギリ刃に炎の魔法をまとわせて、そのままぶった斬るんだ。


『剣の根元から先に向け、魔法陣を走らせろ。そこにまた一つずつ、文字を刻む』


 また文字か。


――“そこにたぎる炎を宿し、敵をぶった斬れ”


 安直だが、考え込む余裕はない。

 迫る毒針を避けながら、俺は必死に文字を刻んだ。赤く光った魔法陣が根元から刃を撫でるようにスライドし、ついに剣を炎で包むと、竜に変えられたままの右手がにわかに熱くなった。

 よし、このまま。

 助走を付け、岩を踏み台にして、高く飛び上がる。狙うはサソリの真裏、反り返った尾っぽの付け根。そこさえ斬ってしまえば。


『体重をかけ、一気に』


 剣を両手で持ち直し、――振り下ろす。

 肉が裂けるような音と、身体中に響くような、はっきりした手応え。

 右上から左下に振り下ろした剣の動きと一緒に、サソリの尾が体液を飛ばしながらずり落ちた。


「決まった……!」


 歓喜のあまり口に出た言葉を、


『まだハサミがある。油断するな』


 テラはピシャッと遮った。

 よろめきながらもサソリは体勢を立て直し、ぐるんと正面に向き直った。サソリの奥まった口が、カシャカシャカシャと激しく鳴る。鋭いハサミを地面にこするようにしてブルブル震わせ、そのままズザザと寄ってくる。


『飛べ!』


 ハッとして飛び上がる。そのままサソリの背に――、乗れなかった。足を滑らせ転がり落ちる。ヤバイ。受け身をとってクルッと回り、立ち上がろうとしたところに、ハサミがグワッと刃を広げた。

 一瞬だった。

 気が付いたらもう、ギザギザにとがったハサミで鷲掴みにされ、足をぶらんぶらんさせていた。ハサミが腕と胴体に食い込み、血が大量に噴き出してくる。

 右手にあったはずの剣が、ない。

 羽になって背中にくっついていたテラの気配も、ない。

 嘘だ。

 切り落としたはずの尾が再生している。毒針がこっちを向いて光っている。

 ハサミで掴んだ獲物を、今まさに神経毒で動けなくさせようと――。


『正気に戻れ! 幻だ!』


 声が出ず、呆然とする俺を、テラがどこかで怒鳴った。

 ――幻?

 フッと意識が戻る。

 サソリまで距離がある。受け身をとって立ち上がろうとした、その位置だ。

 いつの間に幻覚なんて見せられていた? わからない。とにかく、今攻撃しないと、本当にあの幻通りに。

 手にはちゃんと、柄の感触があった。


『正面にサソリの鋏角きょうかくが見えるだろう。その奥を、魔法を込めて目一杯突け』


「きょうかく?」


『口だ、口。そこから内臓に向かって思いっきり剣をぶっ刺してやれ』


「ラジャー」


 幻覚のように、ハサミで捕らえられたらシャレにならない。やられる前に、やるしか。

 地面を蹴り、サソリの懐に入っていく。小石が擦れ、砂煙が舞う。

 右手で強く握った剣に、もう一度魔法を込める。ギュンと刃先が鳴り、炎に包まれる。

 腰を落とせ。重心を左に倒し、勢い付けて右手をぐんと伸ばせ。

 大丈夫、できる。

 イメージを強く持て。

 剣を柄ごと全部、サソリの口の中にぶっ込んで、炎を噴射させてやるんだ。身体の中から焼き尽くし、完全に息の根を、――止める。


「焼けろおおぉぉぉ――――!!」


 ぶっ込んだ後は、更に魔法陣。今度は左手から。

 サソリの顔の真ん前に円陣を描き、文字を書き込んでいく。


――“炎の渦で、敵を焼き尽くせ”


 相手がひるんでいるウチに。

 左手を突く。魔法陣かららせん状に炎が渦巻いて噴き出していく。そう、コレだ。大体イメージ通りの。

 バチバチッと、激しく燃えさかる音。

 そして、爆風。

 ドンと大きく炎が弾け、サソリが粉々に砕け散った。焼け焦げた肉片がヂリッと砂の上に落ち、こんがりと美味そうな匂いが立ちこめる。


 終わった……、何とか、倒した、ぞ。


 そう思った瞬間に、ぐぅとお腹が鳴った。

 そういえば、何も食べてなかった。

 水さえ飲んでなかった。

 美桜のマンションで食べたレアチーズケーキと、氷の入ったアイスティー。あれが、最後だ。

 あれからどれだけ経ったのか。

 頭痛は酷くなる一方で、身体の節々は痛くなるし。

 精神力も使い果たすわ、腹は減るわ、喉は渇くわ。

 どうしたらいいのか俺にはさっぱり。

 止めどなく汗が出て。

 息が荒くて。

 目の前が歪んで見えて。



 あれ、眠気。


 意識が。



――『集中力が途切れて一旦“表”に戻る……なんて、砂漠の中じゃできないからね』



 じゃあ、このまま、どうなって。



――『“二つの世界”で、命は繋がっている』



――『蟲に喰われ、命を落とすなんて無様な最後、迎えたくはないだろう』



 ディアナの声が頭の中に響く。


 クラクラする。

 熱にやられたのか。

 東京の夏より暑くもないのに? 

 動き回ったからったって、あんまりにも体力なさすぎじゃね?


 ぼんやりと遠くを見て、そのままあお向けにドサッと倒れた。


『限界か。まぁ、良くやった方だとは思うが』


 テラの声が、空の方から聞こえてきた。

 ああ、そうか。戦いが終わったから、俺の身体から離れたんだ。

 山肌に寝転がったまま、クイッと首を横にした。

 地平線の先で、何かが動いている。四角いはこをいくつも積み上げたようなもの。それが少しずつ大きくなって、近づいてくるのを、俺はただぼうっと見つめていた。

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