予期せぬ訪問者4

 耳を、疑った。

 しばらくの間全く反応できず、砂嵐を呆けて見ていた。

 サンドワームは、この世界に飛んでくるとき何度か目にした。かなりの巨体で、砂の中を自在に動き回るくねくねした大ミミズだ。ディアナのいた塔の展望室からも微かに見えたのを、何となく覚えている。

 ――アレと、戦えと。


「で、でも俺には、なんの装備も。っていうか、どうやってあんなの倒せばいいんだよ」


 喋っている間にも、喉はどんどんと渇いてきていた。

 空はすっかり雲で覆われていて、暑さもそうだが、変な湿っぽさが辺り一面漂っている。所々に草の枯れたような跡や、大きな岩、骨のようなモノが見え隠れしていて、俺の想像していたような砂漠とは、ひと味もふた味も違った、妙な場所だ。

 こんなところで、一人にするつもりか。

 まだ、頭痛で頭はフラフラしてるってのに。

 身体の底からも、怠さが抜けてないってのに。


「お前は、“干渉者”だ。ならば、どうしたらいいか、わかるだろう」


 また、無茶振りか。


「わからないから、困ってるから聞いてるんであって」


「“干渉者はイメージを具現化できる”。忘れたか」


「忘れは、しないけど」


「ならば問題ない」


 ニヤッとディアナは楽しそうに笑い、何も持っていなかったはずの手のひらから、大きなモノをドサッと投げ落とした。

 茶色い布袋が、二つ。

 片方からは、落ちるときにポトンと液体の音が。


「水と、食料を、少しだけ与えよう。私からの餞別だ。――それから、大事なことを言い忘れていた」


 屈んで布袋を拾おうとしている俺の真上で、ディアナが言う。


「集中力が途切れて一旦“表”に戻る……なんて、砂漠の中じゃできないからね」


 ――え?

 拾いかけた布袋が、手の中からずり落ちた。

 待って。じゃ、場合によっては何日も、何か月もここに。


「脱出する方法は、二つ。一つは、砂漠を抜けて、森へたどり着くこと。上手くいけば市民部隊のキャンプに合流できる。あと一つは」


 そこまで言って、ディアナは少しだけ間を置き、


「帆船と出会うこと」


「帆船?」


「この広い砂漠とレグルノーラの謎を解こうとする大馬鹿野郎どもが、徒党を組んで海賊まがいのことをやっている。彼らと無事に出会えれば、或いは助けてもらえるかもしれない」


 “上手くいけば”。

 “かも、しれない”。

 言葉の端々に怪しいモノを感じて、俺はディアナに飛びかかりそうになった。


「知っているとは思うが、“二つの世界”で、命は繋がっている。蟲に喰われ、命を落とすなんて無様な最後、迎えたくはないだろう」


 ニヤリと、さも楽しそうに。

 そんなに長い間、俺の精神が“レグルノーラ”に居続けられるわけがない。

 現実を見ろ。

 どう考えても、おかしいじゃないか。


「悪い冗談だろ。俺、長くても“裏”にいるの、半日が精一杯なんだけど」


 手に掻いた汗を、ギュッと握る。

 焦るな。こんなところで水分を無駄に消費して、どうするんだ。


「本気だよ。短期間で力を操れるようになるには、多少無理も必要ってもんさ」


 スッとディアナは右手を挙げ、ピィと左手で指笛を吹く。


「安心しな。街と砂漠とじゃ、時間の流れが全然違う。お前が心配するほど長い時間拘束するつもりは毛頭ない。が、早く脱出するに越したことはないだろうよ」


 くるんと、掲げた指で宙に円を描くと、大きな赤い影がディアナの頭上に現れた。

 竜だ。

 真っ赤な竜が大きな翼を広げて、羽ばたいていた。

 ブワブワッと、羽を震わせるたびに砂煙が立つ。

 煙から逃れようととっさに腕で口元を塞いだが、細かい砂埃は容赦なく気管まで入り込んでくる。

 むせて苦しんで倒れ込む俺に、ディアナは明るく最後の言葉をかけた。


「健闘を祈る。どのくらいの早さで脱出できるか、楽しみにしているよ」


 ヒョイと身軽に竜の背に乗った彼女は、にこやかに手を振っていた。

 再度の、指笛。

 竜は空高く上がり、バサバサと合図のようにわざとらしく羽ばたいた後、街へ向かって消えていった。

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