歪みと違和感3
「つまり凌は、須川怜依奈に何かあると?」
サクッとフォークでケーキを刺しながら、美桜は言った。
この季節にはピッタリの冷たいレアチーズケーキは、ほんの少し甘酸っぱいレモンの味がした。家政婦の飯田さんは、本当に料理が上手い。アイスティーと一緒にいただきながら、俺はこくりと小さくうなずいた。
「臆測、だけど」
無理に引っ張ってこられた美桜の部屋は、以前とは違って少し、夏色に模様替えしてあった。
薄水色のカーテンや、小さな観賞魚のいる水槽など、彼女自身の趣味なのか、飯田さんの趣味なのか、女性らしさをさりげなく演出している。ダイニングテーブルの上にも小さなサボテンが追加されていて、可愛らしい緑の小人が、美味そうにケーキを食う俺たち二人をうらやましそうに眺めているようにも見えた。
「須川さんのことは、確かに私も気になっていたけど、彼女、何を考えているのか全然わからないし、クラスの中に親しそうな人もいないみたいなのよね。私もあまり社交的じゃないから人のことを言えた立場じゃないんだけど、彼女が何かしら秘密を持っていたとしても、私たちがそれに気付かなかったのは、偶然じゃないと思うわ」
変な気配を感じたと、美桜に言ってみたものの、彼女に同性ならではのネットワークがあるわけでもなく。もっとこう、はっきりした返事を聞けるモノだと思っていたが、期待通りの答えは得られない。
「臭い、しないのか。“干渉者”特有の」
「しないから、反応に困っているのよ」
「そうか……」
フゥとため息を吐き、俺は一旦フォークを置いて、ゆっくりとアイスティーを喉に流し込んだ。カラカラと氷が心地よく鳴る。
「ところで、体調、どうなの。まだおかしい?」
空になったグラスにおかわりを注ぎながら、美桜は俺に尋ねた。
「重い夏バテが、ずっと続いてる感じかな。辛さに、慣れてきた。悲しいくらいに」
ディアナにはあらかじめ、『目覚めた後も、しばらくは自分の身体が自分のモノではない錯覚に陥る可能性がある』と聞かされていた。仕方ないとある程度諦めてはいたのだが、そろそろ限界も近い。
「『黒いモノが見えた』って言ったわね。北河君たちに絡まれたときも、同じことを」
「ああ」
「……他に、なにか変わったことは? 変な色が、他で見えたとか。視覚的な異常を感じたとか」
美桜は顔を曇らせ、首を傾げて詰め寄ってくる。
「学校で……。そういえば、確かに景色が変な色をしているときはあった。でも、あれは俺の体調がおかしいからで」
「違うと思うわ」
「へ?」
「あの学校には、いくつかの“ゲート”がある。あなた、“ゲート”に近づいたときに、異常を感じてない? 教室で黒いモノを見たってのも、あそこが“ゲート”であることに何か関係があるのかも。――私が、“臭い”で“干渉者”や“悪魔”の気配を感じてるのと同じように、あなたは“色”や“歪み”で気配を感じているんじゃないかしら」
語気を強める美桜。
言われてみれば、そんな気もする。美桜の言う通りかもしれない。
“覚醒”の結果として、“表”でも変なものを見られるようになったのだとしたら。黒いもやは、恐らく“悪意”の一部が形として見えたってことで間違いないだろう。
美桜のような美少女と付き合っている、それだけで男どもの悪意の標的になるのは理解できるが。
須川は?
彼女から立ち上っていたもやの正体は?
あいにく、彼女に絡んだような記憶は、一切、ないのだが……。
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