悪意の片鱗3
「馬鹿ね、凌がそんな顔する必要なんてないのに」
馬鹿なのはどっちだ。
辛いことは辛いと、止めて欲しいことは止めてと言えばいいのに。
なに一人で抱え込んで悲劇のヒロイン面してるんだ。
……芳野、美桜、ともあろう女が。
「誰が、だよ」
「え?」
「誰が美桜に、そんな写真送りつけるんだよ」
俺の声は僅かに震えていた。ギリギリと奥歯を無意識に噛み、ぐっと拳に力を入れる。
「勘違いしないで。これは、私が望んで手に入れたモノだから。『私に関する情報が飛び交っていたら遠慮なく教えて』って」
「『教えて』って。そんな、自分を貶めるようなこと、何でするんだよ」
知らず知らずのうちに声はデカくなってしまう。周囲には誰も居ないとわかっていつつも、この前はしっかりと誰かに聞かれていた。そう、美桜に聞かされていたというのに。
我慢がならなかった。
「“悪魔”の正体を探るためよ。悪意の出所がわかれば、もしかしたら正体にたどり着けるかもしれないじゃない。そのためなら、私が周囲にどういう風に思われているのかしっかり把握しておく必要があると思って」
美桜はまた淡々と答える。
飯田さん作の卵焼きを箸で上手に切って口に運びながら、さも当然ですよとばかりにこっちを見ている。
本当にコイツは“レグルノーラ”のためなら何でもするつもりなんだ。自分が傷つくことなど構っていられない、手段は選ばない、そういう覚悟があるんだ。
「情報収集は事件解決の第一歩でしょ。私自身はそのグループには入れないから、潜入捜査をお願いしていたのよ。……で、芋蔓式にいろんな情報が手に入ってきた、というわけ」
「誰に」
「誰にって?」
「潜入捜査頼めるようなヤツこの学校に居るのかって、さっきから聞いてるんだけど」
「……ああ、そういうこと」
何が『ああ』だよ。はぐらかして誤魔化そうとしていたクセに。
美桜は弁当と箸を一度膝の上に置いて水筒のお茶をゴクゴクと喉に流し込んでから、お待たせしましたと言わんばかりに、そいつの名を口にした。
「ジークよ。彼に頼んでたの」
ジーク。
レグルノーラでやたらと親しげに美桜と話していた、あの白人。美桜のことを昔から知っていて、確か……そう、“裏の世界の干渉者”と名乗っていた、彼だ。
「ちょっと待って。何でジークに。っていうか、ジークは学校と何の関係もないだろ」
「あるわよ。関係ならいくらでも。言わなかった? 彼、この学校に生徒として紛れ込んでるのよ。情報収集ならうってつけじゃない」
「ハァ?」
口の中からご飯粒がポロリとこぼれそうになり、慌てて手で防いだ。
あれ、おかしいぞ。確か俺の記憶では、ジークはかなりの年上で、どう見積もっても日本人の高校生には見えなかったような。彫りの深さといい、目の色といい、西洋人以外の何者でもなかったはず。
「紛れてるって、簡単に言うけどさ。め……目立たないか。あの容姿だろ」
「まさか“あっち”での姿のまま紛れ込んでるわけないじゃない。姿を変えているのよ」
口にモノを詰め込んだまま唸った。
意味がわからない。わからないことだらけだ。
つまりは一体どういう。
「忘れたの? “干渉者はイメージを具現化できる”のよ。彼はその能力を活かして、翠清学園の生徒になりきってるってわけ」
「てことは、変身してる……ってことか」
「平たく言えばそういうこと。上位の干渉者は、自分の容姿さえ自由に操れるのよ。私はあいにく服装止まりだけどね」
何てことだ。
ヒヨッコの俺と比べて、彼は明らかな実力者だとは思っていたが、そこまでとは。そういや“こっち”の電化製品を“あっち”に持ってって自在に使ってるくらいだから、確かにそれくらい容易いことなのかもしれないが。
「で、どいつがジークなんだよ。まさか、ウチのクラスの誰かだったりとか」
「誰かが聞き耳立てていたりしたら大変でしょ。いくら凌にだって、そんなこと教えるわけにはいかないわ」
「な……!」
そこまで話しておきながら、肝心のことは言わないのかよ。
俺はイラッとして思わず語気を強めた。
すると美桜はププッと堪えきれないように笑い、
「冗談よ。あんなことがあったから、そのジークに、屋上に誰も来ないよう見張りをお願いしておいたから。彼、あなたのことが気に入ったみたい。でも、“こっち”ではお互い知らないふりで居た方がいいんじゃないかってことで落ち着いてるから、決して話しかけることはないと思うわ。凌も、気が付いたとしても決して話しかけたりしないことね。せっかくの潜入捜査が台無しになっちゃうから」
いたずらっぽく言われると、悪い気はしない。
意地悪いと言えばその通りだが、少なくとも、多少は気を遣いながら話していることがわかるからだ。
「わかったよ。約束する。……で、せめてヒントとかないの」
一応俺だって“干渉者”なのだ。少しでも情報の共有を図りたい気持ちはある。
「仕方ないわね。じゃ、少しだけ。彼、捻りが足りないのよ。もう少し、名前、何とかならなかったのかしらって思えるくらいに」
「名前……か」
ならば、生徒の名簿を見れば何とか予想は付くかもしれない。同じ学年なら、中間テストの成績一覧なんかで確認できそうだ。
「了解。心に留めておくよ」
朝からモヤモヤしていた気持ちは、少しずつだが晴れていた。
青く澄み切った空はどこまでも高い。
何となくだけれど、美桜は徐々に心を開いてくれている。一方的だった会話がだんだん噛み合っていくのが、嬉しくてたまらなかった。
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