微妙な関係2

 小屋に着くと、サーシャはテーブルの上の魔法陣を見るなり美桜を叱りつけた。


「ミオぉ、あんた、またなんかやったわね」


 ドサッと道具袋を机の上に降ろし、じっと魔法陣の縁に書かれたレグル文字を読む。

 それから俺の方を振り返って、


「彼氏君、ちゃんとミオを見張っててくれなきゃダメよ。この子、本当に無茶するんだから」


 なるほど。サーシャの目から見ても、美桜はそういう風に映っている。普段はツンとすましているが、変なところに熱かったり固執したりするのだ。


「失礼ねサーシャ。今日はちょっと運びモノをしただけよ」


 へぇ。

 ――『ちょっと』『運びモノ』

 あんな物騒なもん運ばせておいて、何が『ちょっと』だ。

 美桜はフンとそっぽを向くが、俺の視線が奥の部屋に向いていることに気が付いて、サーシャはハハンと顔をにやつかせた。そっちに何かがあるわけねとサーシャが目で訴えるので、俺も後から確認してくれと訴えかえす。


「ま、いいわ。せっかくだもん、ご飯作るわね。ちょっと時間かかるから、彼氏君、手伝ってよ。ね、ミオ。いいでしょ?」


 美桜は、濡らした布でテーブルの魔法陣を丁寧に拭きながら、


「どうぞ。好きに使って」


 と、まるでその辺の道具でもぶん投げるかのように、俺の身をサーシャに預けた。





■━■━■━■━■━■━■━■





 台所は武器を格納した棚のある奥の部屋とは反対方向にあって、広間とは壁一枚で区切られていた。入り口にドアはなく、代わりにカフェカーテンで仕切られてある。美桜が広間でゴソゴソと片付けや掃除をする音がよく聞こえてくる。同様に、こっちで飯を作っている音も、美桜にははっきりと聞こえているんだろう。

 サーシャは作業台に広間のテーブルから持ってきた道具袋をドンと乗せ、次々に中身を取り出していった。

 作物は、“表の世界”のそれと大差ない。人参やジャガイモなどの根菜から、キャベツやほうれん草などの葉物まで、よく見たことのあるものが殆どだ。

 それから、粉。小麦粉か何か主食用のものだろうか。紙袋に入ったそれを金属製のボールに出して少量の水を注ぎ、塩と砂糖、粉状の何かを入れる。よく洗った手で捏ねるようにサーシャに言われ、俺は黙々と作業をする。

 サーシャに渡されたエプロンは、何故か薄ピンクでフリルが付いていた。もしかしたら美桜用なのか。あまり気が進まなかったが、発言権もない。とりあえず着けてみたが、微妙すぎて鏡を見るのは避けた方が良さそうだ。

 森の中はインフラ整備されていないそうで、都市部では“あっち”と同じように電気を使うが、小屋の中では井戸水とかまどで飯を作るらしい。L字型に組まれたキッチンの角に、古めかしい煉瓦製のかまどがある。

 サーシャは勝手口から外に出て、小屋の裏に積まれた薪をゴソッと持ち込んだ。それから、ライターのような道具で紙に火を付け薪と一緒にかまどの中にぶち込むと、しばらくして少しずつ火が回ってきた。

 まるでキャンプだなと思いながら粉を捏ねる俺に、サーシャはようやく名を尋ねた。


「凌、です。来澄、凌」


「キスミ……リョウ? 変な名前。で? どっちがファーストネームだっけ?」


「凌、です。来澄は名字……ファミリーネーム」


 そういや、レグルノーラの連中はファミリーネームを使うことはないようだ。“こっち”に来てからやたら名前で呼び合うから、そういう文化なのかとも思ったが、自己紹介のときも相手に紹介するときも、彼らはファーストネームを教えるだけ。初めてこっちに飛んだとき、美桜に『“干渉者”として接するときは必ず、下の名前で呼ぶこと』と言われたのも、もしかしたらそういう文化が関係しているのだろうか。


「で、リョウはさ、ミオの何がいいの?」


 同じ作業台の上で、根菜の皮をむきつつ、サーシャはチラチラと俺の様子を覗っている。手際よくくるくると手元で根菜を回しながら、皮が途切れないようナイフでむいていく様は、見事としか言いようがない。


「何がいいって……、言われても……。えっと、何が。そ、そうだなぁ」


 困惑しながら、よいしょよいしょと粉を捏ねる。だいぶ混ざり合って、コシが出てきた。


「……っていうか、リョウは、ミオの彼氏なの?」


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