“ダークアイ”4

 真っ昼間の日差しが照りつける屋上に意識を戻し、目を開けると、美桜が俺の顔をじっと見つめて立っていた。


「どう? 急いでいる理由がわかった?」


 俺は、何度か自分を納得させるように頷いた。


「物理攻撃も効かないような相手に、どうすりゃいいってんだよ」


 それに、俺はあの眼ン玉に睨まれるのがとても嫌だ。

 美桜はそんな俺の気持ちなどお構いなしに、


「それでも、私たちがどうにかするしかないのよ」


 と言い放った。

 彼女の眼鏡には青い空がくっきりと映っていて、表情を覗うことはできない。


「俺たちにしか、できないことなのか」


 こんなにも非力だというのに、レグルノーラの平和を背負うのは荷が重すぎる。


「いい? 凌。あなたはもっとレベルアップしなければならない。そして自分にしかない力を引き出していくのよ。いつまでも私に頼って、私の力の陰に隠れていてはダメ。自分を信じて。“レグルノーラ”は、“心の力を反映する世界”なのよ。あなたが苦しいと思えば、状況はもっと苦しくなる。あなたが勝てると思えば、あの魔物だってきっと倒すことができるはず」


「“心の力”って、抽象的な」


「“あの世界”そのものが抽象的なのよ。抽象的な力で成り立っている、不安定な世界。だから“こっちの世界”の影響を強く受ける。“強い心”で支えなければ、すぐにでも崩れ去ってしまうかもしれない“脆く、儚い世界”なのよ」


 随分“あっちの世界”を知ったような言い方だ。

 一体美桜はいつから“レグルノーラ”に関わっていて、どれだけ“レグルノーラ”のことを知っているのだろう。


「わかったよ。で、具体的にどうすればいい? 俺は今後どうやって、“心の力”とやらを強くしていけばいいんだ?」


「それは……」


 言いかけて、美桜は何かに気が付きハッと息を止めた。

 手で口を押さえ、酷く慌てた素振りでじっと何かを見ている。

 何だ?

 彼女の目線の先にあるものを探そうと急いで振り返ったが、何もない。ただ、彼女はずっと屋上の入り口ドアを見つめている。


「誰か居たのか」


 美桜は答えない。


「とりあえず今日はここまで。明日、土曜日は身体空いてる?」


 目線をドアから離さずに、彼女は言った。


「は?」


「空いてるの?」


「空いてるけど」


「じゃ、会いましょう。二人で」


 ようやく視線を戻し、美桜は俺の顔を見つめながらOKの返事を待っている。


「い、いいけど」


 デートの誘い、なんて。ま、まさかな。

 この間俺との交際を認めたばかりだし、美桜が何を考えてるのかわからないが、普通男女二人で会おうと言ったらデートの誘いと相場が決まっていても良さそうなモノだが。


「二人きりの時間を多く持った方が、何かといいと思うの」


 二人きり。

 学校でコソコソと出会うのとは違う、ときめきがあった。

 休みの日に二人きり。制服じゃない。私服。美桜の私服が見れる。


「朝9時に、学校そばの公園で待ってるから。二人だけの時間が欲しいの」


 ふ、二人だけの、時間が……欲しい。

 やはり誘っているのだろうか。誘われているのだろうか。

 邪推すべきでは……ない。

 わかっていても、胸の鼓動は否応なしに高まった。


「お昼ご飯まだなんでしょ。早く食べないと午後の授業に遅刻するわよ」


 相変わらず淡々と、彼女は言う。

 確かに腹は減っていた。グウグウと音が出るほどに。

 だけれども、彼女の誘いで俺の心はどうしようもないほど満たされてしまっていた。

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