“ダークアイ”3

 “表”と“裏”の存在は市民部隊も認知している。どこかでそんな話をしていたのを思い出す。あれは、ジークと初めて会ったときだったろうか。

 “あっち”じゃとても考えられないが、“こっち”では上層部の人間や世界の治安を守っている市民部隊、学者連中はみんな、“二つの世界”が存在して影響し合っているということを知っている。“表の影響”はかなり強い。

 事態を早期に収拾させるためにも、彼ら市民部隊は二つの世界を自在に行き来する“干渉者”に頼っているということなのだろう。


「このことについて、ジークは何か言ってた?」


「……そうだな、“ダークアイ”に関してだけ言えば、特に“日中時間帯”によく出没する、とか。それから、こうも言ってたな。“小路のゲート”周辺によく出てくる、とも」


 つまり、どういうことだ?

 俺が首をひねっていると、美桜は厳しい表情を俺に向けた。


「あの“ゲート”は見張られていた、ということみたいね」


「見張られてた?」


「多分、私たちが飛んでくるときの波動か何かを察知して、あの場所を特定したんだわ。別の“ゲート”を利用することも考えないと」


 待ち伏せしていたようにぬめっと現れたのは、そのせいか。


「“ダークアイ”の厄介なところは、集団で現れ、知性を持ってデータに基づき行動するところだ。今のところは我々市民部隊が翼竜に乗って警戒し、威嚇することで何とか追い払ってはいるものの、仮にコレが単なる威嚇であって、攻撃まではしてこないと知れれば、たちまちヤツらは猛威を振るうだろうな」


 ライルは難しい顔で腕を組み、大通りのど真ん中にどっしりと腰を据えあるじを待っている竜を横目に、じっと何かを考えている様子だ。


「威嚇しかしないのか。攻撃は?」


 ライルは首を横に振った。


「竜は、動物型の魔物には盛んに攻めの姿勢を取るが、ああいう不定形生物にはめっぽう弱い。特に、あの目線を浴びせられると、怯えて全く動けなくなる。本能で危険を感じ、守りの姿勢に入ってしまうんだ」


 さっきの俺と同じ状態か。

 俺はゴクリと唾を飲んだ。


「物理攻撃は殆ど効かない。あのぬめぬめした粘膜と体型の割にすばしっこい動きに、俺たちもほとほと手を焼いている。“干渉者”の、君たちの力で何とかなるなら――頼みたいところだ。とにかく、“ダークアイ”が出没するようになった原因を探って、魔物を“こっち”に送り込んでいる“悪魔”を突き止めるしか方法がない。このままじゃ、郊外に避難している一般市民の我慢も限界に達してしまうだろうな」


 避難、か。なるほど。だから人気ひとけが無かったわけだ。

 この街の人口が一体どのくらいなのかはわからないが、“ダークアイ”の出没するこの界隈だけでもかなりの人数になるはずだ。それも郊外への避難となれば、相当大変だったのでは。市民部隊は武力を持って街を守るだけじゃなく、人の命を本気で守ろうとしていたのか。


「郊外の森には魔物が住んでいるんじゃないの?」


 美桜は不安げに言った。

 そういえば、そんなことも聞いた覚えがあるのを思い出す。この世界で人が住めるのはこの都市部だけ、みたいなことを。

 だがライルは、心配ご無用とばかりにニッコリ笑って見せた。


「郊外と言っても、森の手前、開けた場所に竜を従えてキャンプを張った。当面は竜と手持ちの武器で何とかなるだろうが、そこはあくまで仮の住処。早く事を解決させて、元の生活に戻れるよう、君たちの協力を仰ぎたい」


「わかったわ。なんとかできるよう努力してみる」


 美桜は簡単に返事した。

 努力か。言うのは良いが、果たして期待通りに……なんてネガティブなことを言えば、また彼女は俺を睨むだろう。


「最近、徐々に魔物が強くなってる」


 ライルは言った。


「変な予兆じゃなければ良いと思ってるんだけどね。以前から都市部への魔物の出没は何度もあった。けど、ここ最近件数が急激に増えている。ジーク始め、いろんな干渉者や能力者が必死に原因を探ろうと努力しているが、“こっち”でできることには限界がある。リョウも、“表”で何か異変が起きているのなら、どうかミオと協力して解決して欲しい。難しいお願いで済まないが、頼まれてくれないか」


 ライルの目は真っ直ぐだ。

 頼られているというのは、嫌な気分ではない。

 本当に彼らは困っている。“干渉者”の力を信じている。

 例え俺がまだ駆け出しだとしても、彼らにそんなことは関係ない。“干渉者”は“干渉者”なのだ。

 けど、期待されても、それに応じられるかどうかは別の話。

 何となく居心地が悪くなった俺は、視線をずらしてから「はい」と小さく返事をした。





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