18.崩れる日常
崩れる日常1
正体は明かさないが味方がすぐそばにいるというのは、ほんの少しだけだが心強かった。しかも、初心者の俺なんかよりも、下手したら美桜よりも、ずっと上位の“干渉者”だ。
もし美桜に何かあったら、すぐに駆けつけてくれるはず。そんな淡い期待もあった。
ヒントは名前。そう彼女は言った。
簡単に見つかるだろうと高をくくったが、コレが案外難しく、一週間近く経ったが全く見当すら付かない始末。頼りにしていた生徒の名簿は、生徒会役員などでない限り閲覧がなかなか難しく、中間テストの成績表も気が付いたときには撤去されてしまっていた。七月に開催される球技大会までは、全学年交流の機会もない。大体、ぼっちの俺は誰かに頼って情報を集めることもできないわけで、ハードルが高すぎたことを単に思い知らされただけだった。
まぁ知らなければ直接ジーク本人に聞くという方法もあるわけだが、これもまた上手くいかず。というのも、ジークの住んでいたあの小さな青いビルの場所がよく思い出せなかったのだ。しかも、まだ“干渉者”として未熟な俺は、彼女のそばにいるとき以外“裏の世界”へ飛ぶことができなかったのだ。
幸い、美桜の席は俺の真ん前。席替えがあるまでは、その存在を感じながら“あっち”へ行くことができる。授業中だろうがなんだろうが、とりあえずは美桜さえ近くにいれば、手を介さずに“あっち”へ飛べた。これは、俺の中ではかなりの進歩だった。
だが、ほんの数秒しか続かない集中力のせいで……というのも、やっぱり授業中、小テストの合間だったり、板書の合間だったりに飛ぶしかないのだが、向こうに行っても時間切れで殆ど身動き取れずに終わってしまう。いつもの小路を出て、右か左か。何度か挑戦してみたが、どちらに進んでも似たような光景が広がっていて、その先どちらに進めば良かったのか思い出そうとする頃には、意識は教室の中に戻っていた。
合図をするからと言ってくれている美桜とも、ここしばらく“あっち”で一緒になることはなかった。
「私と行動を共にしたいなら、タイミングを合わせることね」
美桜は平気で、俺のキャパを超える要求を突きつける。
前の席で彼女が髪をかき上げていることを確認し、ハッとして周囲の様子を探る。
教室の廊下側から順番に答えさせられることが多い英語の時間、もうすぐ自分の順番が来るってわかっていたのに、美桜のヤツは合図を寄越した。
無理だ。
思ったものの、俺の席は美桜の後ろ。ペンで突こうか、それともメモでも渡そうか。考えているうちに、
「来澄、教科書○ページの○行目から」
なんて声がかかったりする。
授業が終わった後、美桜は振り向きざまにギロッと俺を睨み付け、飛ぶ気がないのかと無言で訴えてくる。
悪いが、俺の成績は中の中。美桜は学年トップを争う優等生。
授業に追いつくのが精一杯な俺にとって、授業の合間を縫うというのは、とても難しいことだった。
たとえ一緒に“裏の世界レグルノーラ”で戦う“干渉者仲間”だとしても、周囲に交際を宣言しているといっても、一緒に勉強をやりましょうだとか、わからないところは教えてあげるわだとか、そんなことは一切ない。
結果、彼女からは冷たい視線が常に浴びせられ、俺は何の情報も得ることができず、ただ虚しさだけが漂う日々を過ごすことになる。
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