【5】森の中で
15.隠れ家
隠れ家1
サワサワと耳心地よく葉のこすれる音がする。
小鳥のさえずりが高いところから響き、風が肌を掠める。
マイナスイオンたっぷりの濁りっ気ない空気が、肺の中に満たされていく。
――森の中だ。
目を開ける前に直感的にそう思った。思えるくらい、はっきりとした森の気配がした。
「凌、大丈夫?」
名前を呼ばれて顔を上げると、私服のままの美桜がいる。いつもなら、“こっち”に来ると服装を変えるのに。
マジマジと見つめる俺の視線から逃れるように、彼女はそっと顔を逸らす。
「街から離れたところだったから上手く飛べるか心配だったけど、心配要らなかったみたいね」
窓のすぐそばまで迫った木々は、ここが通い慣れたレグルノーラ中心部とは違う、全く別の場所なんだと知らせてくれる。
繋いでいた手は、いつの間にか離れていた。
「ここくらいしか、思いつかなかったから」
美桜の声がよく響く。
屋根組の構造がむき出しの、天井が高い丸太作りのロッヂだった。所々に煉瓦が組まれていて、隅には暖炉や煙突もある。一部二階建てなのか、手すりや階段も目に入った。
「ここは?」
眼をキョロキョロさせる俺に構わず、彼女は慣れたように室内を動き回る。
あまり綺麗な場所じゃない。しばらくの間誰も住んでいなかったとすぐにわかる廃れ具合だ。よく見ると、蜘蛛の巣が張ってあったり、枯れ葉が床の角に溜まっていたりする。
美桜は手当たり次第窓を開け、換気し始めた。隣にも部屋があるようで、そちら側のドアも開け放している。
一人取り残され、仕方なく室内を探索する。
木でくくりつけられた飾り棚に、手作りの工芸品や手芸品、ドライフラワーの飾られた瓶がある。古めかしい暖炉のそばに行くと、大きな背もたれのある椅子や一枚板の低い木製テーブルが、寂しそうに鎮座していた。
ほこりを被って白っぽくなった写真が壁に飾られている。手で拭き取ると、見覚えのある女性と子供が写っていた。
「何見てるの」
トゲのある声がして振り向くと、美桜が苛立った表情でこちらを見ている。
「な、何って。写……写真だよ。これ、美桜とお母さん?」
見られたくなかったのか。思ったが、もう遅かった。
彼女はどうして見たのとばかりに怒りをあらわにして、俺の手首をグイと引っ張った。
他にも写真はいくつかあったが、それらをじっくりと見るのは不可能だった。色あせ青っぽくなった写真の背景に、日本のものらしい建物がチラチラ写っていたのがものすごく気にかかったのだが。
「凌に手伝って欲しいって言ったじゃない。忘れたの」
俺には見せたくなかった、見せる予定じゃなかった、そんな素振りだ。
確かに、無理やり武器をこっちに持ってこさせるよう俺が誘導したわけで、彼女にとってそれは本意じゃなかったのだから仕方ないのかもしれない。
美桜は自分のことを全部話したように見せかけて、本当は何も話しちゃいない。
写真を見られたくないのも、自宅マンションでの話の中に本当のことがいくつか抜け落ちているからじゃないのかなんて、要らない詮索をしてしまう。
だが、今はそんなことにいちいち引っかかっている場合じゃない。彼女が俺の忠告を快く……かどうかはわからないが、とりあえず聞いてくれた、そっちのほうが重要だ。
美桜は窓際に置かれた大きめのテーブルを布で綺麗に拭いて、チョークのような物で直径1メートルほどの円を描き始めた。彼女の性格がそのまま表れたような、実に美しい円だ。その中に、もう一つ円を描き、真ん中に三角を二つ、小さな円に頂点がくっつくように、上下逆にして重ねて描く。大きな円と小さな円の間に、レグルの文字でグルッと一周分言葉を綴り終えると、彼女はふぅとゆっくり長いため息をついた。
「魔法陣?」
テーブルに身を乗り出して尋ねると、
「ええ」
と彼女は静かにうなずく。
「“それぞれの世界”から物体を転送させるには、ちょっと“力”が要るから。普段は頭の中で“イメージ”すれば何とかなるけど、物体の量によっては、こうやって魔法陣を描いた方が効率がいいの」
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