【4】秘めていたもの

12.美桜の告白

美桜の告白1

 眠れなかった。

 絶対にそんなことはないとわかっていたのに、眠れなかった。

 “レグルノーラ”で“ダークアイ”の群れに襲われ、心身共々グッタリしていたはずなのに。

 いつもよりたくさん“あっち”に飛んで、激しく体力を消耗していたはずなのに。



――『朝9時に、学校そばの公園で待ってるから』


――『二人きりの時間を多く持った方が、何かといいと思うの』



 リフレインしていた。

 相手はあの、無表情で無感情な“芳野美桜”だというのに。

 何を期待しているというのか。

 学校で会う彼女とレグルノーラにいる彼女は、まるで別人だ。だから、もしかしたら休日に出会う彼女だって別人かもしれない。

 そんな根拠のない幻想を抱き、悶々と土曜に何が起きるかを妄想する。

 彼女は、パンツスタイルだろうか。やはり、レグルノーラにいるときみたいにスカートを履いてくるのか。ワンピース? それともホットパンツか。普段はラフな格好をしているのだろうか。それとも、レース地のボレロでも羽織ってくるのだろうか。

 本当の“彼女”ではないのに、彼氏のつもりでああでもないこうでもないと彼女のことばかり考えていた。



――『付き合ってるわ。男女の仲。いけない?』



 休日に呼び出したということは、それこそ本当に“男女の仲”を深めようと――なんて。まさか。どうしよう、妄想が止まらない。

 結局朝方まで横になりながら、ずっと考え事ばかりしていた。考えすぎて眠ることができなかったのだ。

 愚かだ。

 男とは実に愚かしい生き物だ。

 朝食を慌てて口に詰め込み、休みだというのにバタバタと外出の準備をしていた俺を、母親は不審な目で見ていた。そりゃそうだ。いつもなら10時過ぎまで飯も食わずにゴロゴロしているんだから。大事な用があるとだけ伝えたが、明らかに挙動不審であったに違いない。種類の少ない服をどう着こなすか、そんなことにまで気を遣ったのは生まれて初めてだった。

 デートと決まったわけでもないのに、女性を待たせてはいけないという、どこかで聞いた格言のようなモノが頭から離れず、約束の時間より30分も前から公園で待った。

 学校の裏手にあるツツジ公園は、その名の通り知る人ぞ知るツツジの名所だ。見頃は四月下旬から五月中旬らしいが、この公園のツツジは六月上旬まで楽しめる。今朝も濃い緑色の中に桃色や白、紅色のツツジの花が一斉に咲き誇っていた。園内には小さな池や花壇、小動物が飼われた小屋もあり、平日休日問わず多くの人が訪れる。この日も朝から、散歩をする年配の男性や、親に手を引かれて遊んでいる小さな子供たちの姿が目立っていた。

 木陰のベンチに座り、美桜が来るだろう公園の入り口を、スマホいじりながら注視していると、突然誰かが肩を叩いた。


「9時って言ったのに、随分早くに来てたのね」


 慌てて振り向くと、長い髪を花柄のシュシュでひとまとめにして右肩に垂らした、美桜の姿があった。若葉色のトップスと、ヒダの多い丈長の白いスカートに、ヒールの高いサンダルは、初夏らしく驚くほど爽やかだった。

 美桜は俺の隣に腰をかけ、ふぅとゆっくり息を吐いた。


「せっかくの休みにごめんなさい。学校じゃ、どうしても話せないことがあって」


「え、あ、ああ。別に、暇、だから」


 私服の美桜はいつもより何倍も可愛く見える。それに、“こっちの世界”で眼鏡をかけていないっていうのもまた衝撃だった。

 どうしよう、また余計な期待を膨らませてしまう。


「――で、今日は、どういう」


 俺は高鳴る胸を押さえつつ、美桜に尋ねた。


「人目があるところでは話しづらいの。場所、変えない?」


 美桜は辺りを気にするように、茂みの奥、遊具のそば、それから遊歩道へと、次々に視線を動かしていた。

 警戒している。それは俺にもよく分かった。


「いいけど……、どこ行く? 二人きりになれる場所なんて、そうそうないと思うぜ」


 彼女が昨日やたらとこだわっていた『二人きり』というワードを挟んでみる。

 そうよねと小さく呟いた後、


「ねぇ、凌。何も言わずに、付いて来てくれる?」


 美桜はゆっくりと立ち上がった。





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