第66話 決意

 俺たちはヤンの街に辿り着く。

 傭兵や殺し屋を出し抜いたはずだ。

 俺たちは時間的に猶予があるはずなのだ。

 これは俺の思い込みじゃない。

 事実なのだ。


「街の入り口に馬止めを並べろ」


 俺は指示を出した。

 馬止めってのは槍を斜めに立てかけた形のトラップだ。

 道を塞いで馬が入ってこないようにするのだ。


「陛下。まだいると決まったわけじゃありません」


「それでもやれ。念のために俺の名前を出せ」


 やれやれとダズはため息をついた。

 俺はそれを無視してソフィアに指示を出すことにした。


「ソフィア、水と食糧の確保。家には泥を塗って置くように言え!」


 俺の様子を見てソフィアは眉をひそめる。


「陛下、様子が変ですよ。なにを焦っておいでですか? まずはリンチ兄妹を探すべきでは?」


 あーもう!


「まさか仰ってた殺し屋の件ですか? まさか陛下に弓引くものがいるはずが……」


「聞け。判事連中はこれからどうなる?」


「詮議を経た後、汚職にかかわったものは財産没収と縛り首かと」


 だよねー。


「じゃあさ、死を回避する方法は?」


「リンチ兄妹を亡き者にすることです。でもありえない」


「なぜ?」


「陛下への反逆だからです」


「なぜ? どうせ死ぬのに?」


「それは……陛下に中世を誓うことが臣民の義務で……」


「どうして? どうせ死ぬのに?」


「どういう意味ですか?」


「簡単だ。リンチ兄妹を俺ごと始末するんだよ!」


「なにをバカなことを!」


「どこが? 判事ってのは明らかに特権階級だ。数百年も培ってきた既得権益なんだ。俺はそいつに風穴開けようとしてるんだ。殺すしかないだろ? 幸い、俺の代わりはいる。ランスロットだ」


 俺ははっきりと言った。

 ソフィアと会話したおかげで考えがまとまった。

 そうだ。

 ヤツらから見たら俺は魔王だ。

 殺すしかないだろ?

 俺はソフィアの目を見つめた。

 どうかわかってくれ!

 だがどうだ!

 ソフィアの目から出てきたのは大粒の涙だったんだ。


「ひぐッ! へ、陛下の言っていることがわからない! だって、は、判事は正しいことをしなきゃいけないのに! 陛下だっていつも遅くまでお仕事頑張っているのに! なんでそんなことするの!」


 なんで泣くのよ!

 どうして!


「あのねソフィアちゃん。聞いてね。システムってのが一番厄介なのよ。一度はまり込んだら抜け出せねえ。正義とか悪じゃねえ。既得権益を守る存在になっちまうのよ」


 俺は頭を抱えた。

 実はソフィアがなぜ泣いたかわかっている。

 ソフィアは正義が大好きだ。

 いや正義を愛しすぎている。

 しかも基本が性善説だ。

 王都とか判事とかは個人的に悪いやつがいてもシステムが腐っているはずがないと考えるほどだ。

 そんな良い子が汚い現実を突きつけられてキレてしまったのだ。

 でも泣く子は最強だ。

 俺は頭を抱えた。


「そうよ。陛下の言ってることは正しい」


 マーガレットがやって来た。

 助け船到来!


「聞いてソフィア。陛下の一番嫌いなところはどこ?」


 なんだそれは……


「本当は正義が好きなくせに、自分を騙してるところ……」


 そうか?


「じゃあ一番好きなところは?」


「現実とか、無理とか、そういうのを全部ひっくり返してしまうところ!」


 そういう評価なのね。

 俺は少し顔が赤くなった。


「じゃあさこう考えよ。これから来るのは悪党よ。成敗しちゃって」


「ちょ! マーガレット。善悪二元論はダメだって! ソフィアの教育に悪いでしょが!」


 慌てて俺はソフィアをマーガレットから引き離す。

 俺はソフィアにもっと広い視野を持って欲しいのだ。

 それには善悪二元論という簡単な方に逃げるのはよくないのだ。


「ふふ。陛下、お兄ちゃんみたい」


「あいにく弟がいますので。とにかく向こうから見りゃ俺は悪なの。だから逆転を狙って殺しに来るはずだ」


「でも情報は?」


 ソフィアがずびっと鼻をすすった。

 俺はソフィアの頭を撫でる。


「漏れてないはずがない。ここにも来るはずだ。マーガレット、クロウ商会は?」


「一番速い便で手紙を出した。海賊やってたおっちゃんたちが来ると思う」


「だろうな。俺の方も秘密兵器を呼んである。伝言を頼んでいるからすぐに来るだろう」


「どなた?」


「師匠の一人」


 俺は笑った。


「マーガレット、商工会の事務所で現状説明」


「了解」


「ソフィア」


「はい……」


「リンチ兄妹を探すぞ。場所の予想はついている」


「え……?」


 俺はもう一度ソフィアの頭を撫でた。



 俺は宿に来た。


「まさか宿にいるはずがないでしょう」


「そうかね」


 俺は宿に入る。


「おいーっす」


 俺は宿の主人に挨拶した。


「へ、へえ、何の御用で」


「昨日から夫婦が泊まってるだろ」


「へ、へえ」


「どこの部屋だ?」


「へえ2階の角ですが」


「悪いな。入るぞ」


 そんな難しい話ではない。

 エドワードは手負いだ。

 単に野宿はできないと思ったのだ。

 ここがダメなら集会所や宗教施設に行くつもりだった。

 俺は角部屋に行く。

 そして大きな声を出した。


「リンチ兄妹! 少し話そうぜ!」


 俺はその場に座り込む。


「おっと逃げるなよ。聞いてくれ。お前らは命を狙われている。俺はお前らを助けたい」


 俺がそう言うと気が軋む音がしてドアが開く。

 キャロラインが俺に向かい弓を引いていた。


「なぜ……なぜ逃げられないの! ハイランダーの逃走術なのに!」


「悪いな。俺の師匠の一人はハイランダーなんだ。グランドマスターの弟子だ」


 半分嘘だ。

 キャロラインの性格の悪さから裏をかいただけだ。


「聞け。俺はお前らが欲しい。兵が犯罪者を取り締まり、判事が公平な裁判をする。これは国の基礎だ。それが揺らいだとき民に国は滅ぼされる。今この国は存亡の危機にあると言ってもいい。お前らの事件はそいつを直す良いチャンスだ」


「そう……じゃあどうしてエドワードを捕まえたの!」


「エドワードが捕まることを望んでいたからだ」


 俺は断言した。


「嘘、殺し合いまでしたじゃない」


「あそこで手を抜いたらお前の罪を隠せないだろ?」


「え……」


「知ってるんだよ。モーリスを射ったのも、最高法院長を殺す寸前まで射ったのもお前だろ?」


 キャロラインの顔色が変わった。


「どうして……」


「お前と俺は似ている。へそ曲がりで、キレやすく、なにするかわからない」


「バカにしないで」


「純然たる事実だ。お前キレちまったんだろ? モーリスに求愛されてキレちまったんだろ?」


「……そうよ。なにが悪い?」


 キャロラインはいつものふわふわした声ではなく、気の強そうな印象の声で言った。


「ああ悪くない。キレたお前は一番悪いやつにも手を出した」


「そうよ! 楽しかったわ!」


「だろうな。俺はお前に提案がある」


「なに?」


「汚職判事を一掃するぞ!」


「どうやって?」


「お前らを殺そうとする連中を蹴散らして議会を開く。お前ら証言しろ」


 俺は冷静に言った。

 するとキャロラインは顔を真っ赤にした。

 やはりキレやすい。


「どうせ誰も!」


「俺が信じる!」


「え……」


 キャロラインが固まった。


「お前らの弁護でもなんでもやってやる」


 俺は静かに言った。


「妹分が泣くんだよ。俺が正義じゃないと。エドワードがいるお前ならわかるだろ?」


 キャロラインはもう一度俺に弓を向けた。

 俺はキャロラインを見つめる。

 するとキャロラインは弓を下に向けた。


「生き残るにはどうすればいい?」


「戦うんだよ!」


 俺はきっぱりと言った。

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