第57話 第一回クラウンを探せ。つうか捕まえろ。

「逃がすか!!!」


「追え! 追うんだ!」


「追い込め!」


 騎士学科の学生たちが声を上げた。

 俺はそれを王者然として見守る。

 俺は父さんを捕まえるために学生を招集した。


 第一回クラウンを探せ。つうか捕まえろ。


 クラウンを捕まえたら豪華賞品がもらえるイベントだ。

 確かに学生たちは裕福な家庭の出身者が多く物欲はそれほど強くない。

 だが常に不足しているものはある。

 酒とかな。

 特に体育会系の騎士学科の連中はやっきになって酒を欲しがっている。

 自分が飲むためではない。

 友人にたちに酒を振舞うという栄誉を欲しがっているのだ。

 はっきり言ってこういうのはノリだ。

 冷静になったら誰もやらない。

 だがイベント化しておバカな学生を乗せてしまえばどこまでも調子に乗るだろう。

 父さん。俺を本気で怒らせた罰だ。せいぜい逃げ回るがいい。

 俺は情報を秘匿されるのが何よりも我慢がならないのだよ。


「クソ! 足が速い! だが俺には勝てんぞ!」


 調子に乗ったダズがへらへら笑いながら父さんを追いかける。

 だが父さんに背後に回られて襟をつかまれたと思ったら次の瞬間には地面に叩きつけられる。


「いっせいにかかれ!」


 泥まみれになったダズが怒鳴った。

 騎士学科の連中が父さんを囲み飛びかかる。

 父さんは学生の死角に入り込み一人の学生を他の学生たちへの盾にする。

 学生たちが盾に邪魔されて動きを止めると、今度は父さんは盾にした学生から飛び出し学生たちを次々と投げ飛ばしていく。

 敵に囲まれても集団を操って各々の動きを止めてしまえばいいと言うことだろう。

 前世で見た合気道の多人数掛けと似ている。

 雑に言えばラグビーとかアメフトの凄い選手。

 まだ俺には難しい技術だ。

 圧倒的実力差の前に学生たちは完全に遊ばれているのだ。

 泥だらけになったダズの指揮で学生たちは今度は網を投げる。

 これもきれいに避けられ数人が網の犠牲になる。

 あー……よく考えたらこれ凄く言い訓練だわ。

 第零軍にも騎士の見習たちにも。


「やだ。あの道化師の人かっこいい……」


 一人の女子学生がつぶやいた。


「うん。ちょっとおじさんだけどかっこいい」


「やだ。おじさんに目覚めそう」


 なにオッサン色気出してるのよ……

 正直羨ましいけど。

 羨ましいけど!

 キーッ! 悔しい!


「クラウン! クラウン! クラウン!」


 いつの間にかクラウンコールがわき起こった。

 悔しい!!!

 歯ぎしりする俺。

 だが三分も経つと騎士学科の連中は全員動けなくなってゴミのように転がっていた。

 基礎体力が違いすぎる。

 あれが40代の動きなのか!

 確かにクラウンのふざけた格好なのに父さんはかっこよかった。

 俺と騎士学科の学生は完全に負け犬だ。

 だが負けてはいられないし、正直に負けを認めることなんかできない。


「ウッキー! 次は俺が行く!」


 たまらず俺が身を乗り出す。

 なんだか勇者に片手で殺される小悪党っぽいような気がするが現実など見えない。

 今度こそ下克上じゃあ!


「今度は陛下が行くらしいよ」


「勝てるかな?」


「無理じゃない? 陛下って弱いらしいよ」


 まあ間違ってない。

 俺は弱いぞ。

 痛いの嫌いだしな。

 俺は父さんの目の前に出た。


「ゲイル! 正々堂々と勝負を申し込む」


 すでにさんざん疲れさせてから勝負を申し込むという卑怯の極み!

 でも俺は手段など選ばない。


「覚悟おおおおおおお!」


 父さんが抗議をする前に殴りかかる。

 捕まえる?

 そんな器用なことはできない。

 相手を考えろ。

 本気でも勝てる気がしない。

 まず俺は怒りの鉄拳をその顔にねじ込む……と見せかけて、


「喰らえ!!!」


 土を蹴って目つぶしを浴びせる。

 そのまま土を蹴った足を着地してステップイン。

 よし一歩間合いを盗んだ。


「ふんが!」


 俺は踏み込んで父さんの顔面に向かい飛び膝蹴りをかました。

 相手は身長タッパ体重ウェイトもある相手だ。

 巡洋艦クルーザー級はあるに違いない。

 その点俺は15歳の平均値、ライト級だ。

 正面から打ち合ったらボコボコにされるのがオチだ。


「オラァ!」


 だがやはり父さんは半端ない。

 ヒザ蹴りをする俺をよけようとしないで突っ込んできた。

 股に手を突っ込まれ、胴体をホールドされた。

 うんが!

 離せ!!!

 俺は泣きそうになりながらエルボーを落とそうとした。

 だが肘を落とそうとした直前、父さんが話しかけてきたのだ。


「レオン。なんのつもりだ?」


「よくも私に情報を秘匿しやがりましたね! グランドマスターって誰なんです!」


「うん……寝てろ」


 父さんは俺を頭上で持ち変えた。

 この角度は……

 ボディスラムだ!

 ちょ! お前実の息子に使う技じゃねえぞ!


「これで終わりだ!」


 放り投げられる!


「おどりゃああああああああ!」


 だが俺も負けてはいない。

 投げられる直前、父さんの首と股へ手を回しホールドする。

 そのまま重力に身を任せてながらも体を回転させる。

 父さんは己の投げの勢いと俺の回転に巻き込まれ頭から落ちた挙げ句にでんぐり返し状の情けない姿で俺に固められる。

 変則スモールパッケージホールドだ。

 もちろん肩がついて3秒で勝ちなんてルールはない。

 俺はすぐさま手を解くと転がって距離をとる。

 あぶねえええええええ!


「ちょッ! 王に使う技じゃねえだろ! 死ぬだろが!」


「陛下も手加減なしじゃないですか! しかもこんな恥ずかしい格好にして!」


 手加減する余裕なんてねえ!

 俺の口の中はカラカラだ。

 だがそんな時、俺たちの耳に声が聞こえてきたのだ。

 女子の声だ。


「ねえ。今の凄くない? かっこいいー!」


「陛下も凄いよ。誰よ弱いなんて言ったの」


「オジサマも凄いよー」


 その声を聞いた瞬間、俺たちは無言で頷く。

 そしてレスリングのようにお互いに片方の手は相手の肩に、もう片方の手は相手の手首をつかむ形になった。

 ひそひそ話をするためだ。


「陛下。ギャラリーがわいてます。特に女の子」


「小娘にキャーキャー言われてどうするんですか! でも確かに国王げいにんとしては見過ごせませんね」


 本当のところは俺は父さんの言葉に理解を示していた。

 例え小娘にキャーキャー言われたとしてもうれしいものはうれしいのだ。

 これはしかたないのだ。

 だって男の子だもん。


「陛下どうするよ?」


「もうこうなったらダブルKOで行きましょう。いつものドリルからアドリブで」


「了解! とちるなよ!」


 酷い談合がまとまると俺たちはお互いを突き飛ばした。


「行くぞ!」


 俺の合図でコンビネーションドリルが始まる。

 これは約束組み手とミット打ちの中間くらいのものだ。


 まず俺が踏む込んでパンチを入れる。

 それに父さんは腕を差し込み力を入れずにやんわり受け止める。

 その途端、柔らかく俺の拳を受け止めた父さんの手が変化し、蛇のように俺の腕に巻き付き俺の腕を引っ張り落とす。

 引っ張られた俺は重心を崩す前に腕についていき勢いを殺しながら、つかまれてない方の手で父さんの手を払う。

 払われた父さんの手が再びつかもうと戻ってくる。

 俺はそれをつかまれる前に払う。

 そしたら父さんがパンチを入れる側になって選手交代。

 攻守入れ替わって同じことをする。


 と、いうのを繰り返す。

 高速で。

 あまりにも早いためギャラリーにはワンパターンな動きだとは気づかれない。


「あちょおおおおおおおおッ!」


「ほわあああああああああッ!」


 調子に乗った俺たちが声を出す。

 そして相手にしか聞こえない声で合図を出す。


「次!」


 合図と共に俺たちは自分の足をスイッチ。


「あたー!!!」


「ほいやー!!!」


 お互いにハイキックを繰り出す。

 もちろん俺たちはブロックしながらわざとらしく吹っ飛ぶ。

 ダブルKO!!!

 ふふふふふ。完璧だ。


「成長したなあ……レオン」


 寝転がった父さんが感動したかのように声を震わせた。


「ふふふ。ありがとうございます。でもグランドマスターの情報はきっちり吐いてもらいますよ」


「クソ……忘れてなかったか……」


 絶対に吐いてもらうからな!


「それでグランドマスターっていうのは?」


「ハイランダーの若い衆に武術を教えてた爺さんだ。お前の師匠筋にあたる」


「やっぱりね。で、そのオッサンは?」


「とっくに死んだよ」


「じゃあ誰が犯人よ?」


「マーガレットと他数名がグランドマスターの教えを受けている。確認作業中だ」


「ってことは事故じゃなかったのか……」


「ああ、残骸の一部を組み立てたら弓になった。お前の推理通りだ」


「犯人は学生ですか?」


「まだわからない」


「学園は閉鎖ですか?」


「検討中だ」


「なぜ私に言わなかったんですか?」


「……お前は無鉄砲だ。絶対に首を突っ込むから内緒にしてた」


「それでも俺はあきらめませんよ」


「だろうな……」


 俺たちが寝ていると騎士学科の連中が走ってくる音が聞こえた。

 ふふ。連中、感動してやがるぜ。

 あいつらの居場所を守りたい。

 俺は決意を固めた。

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