第46話 キャロル

 並ぶ皿にはサンドイッチの山。

 それを嬉しそうに眺めるのはだらしない顔をした騎士学科の面々。

 ほんと十代の男ってやつはわかりやすい。

 少し女の子にちやほやされたら大満足なのだ。

 まあ……俺も気持ちはわかるけどな。

 彼女になってくれなんて口が裂けても言わない。

 だけどほぼ男子校状態の体育会系に潤いを!!!

 これが俺たちの本音なのだ。

 つまりフィーナと女子有志による手作りランチは成功したのである。

 彼女や婚約者持ちは華麗に女子との会話を楽しんでいる。

 その先鋒がダズ・クイントンだ。


「まあ貴方がクイントン伯爵家の……まあ将来は陛下の片腕として働かれるのですね」


 ダズは無駄に長い髪をかき分ける。

 その姿は俺よりも王子様っぽい。


「ええ。私は陛下の忠実な騎士。陛下の剣です。そして今は貴方のしもべ」


 ダズは歯の浮くような台詞をポンポンひねり出す。

 こ、これがイケメン力なのか!!!

 俺は怒りのあまりガチガチと歯を鳴らす。

 威嚇行動だ。

 ダズが片手なんて悪夢でしかない。

 だって俺より目立つもん。


 一方、一年のうちで女子との会話時間が一時間を切る連中は女子との会話に困っていた。

 女子との会話スキルがないのだ。

 不器用すぎて「うぇーい!」とかできないのだ。

 くっそ! お前らいいヤツらだな!

 コイツらから右腕は選ぼうっと。

 ちなみに皆さんお分かりのように俺はフィーナがいるので形式上はリア充チームだが、心は非モテチームだ。

 なぜなら、さすがに国王に話しかけてくる根性のある女子は少ないからだ。

 それに俺はタカ派のイメージだ。世間では強面という印象を持たれている。

 つまり俺もまたモテとは無縁なのだ。

 ところがこんな俺にも話しかけてくる女子はいる。

 一人はフィーナ。

 それ以外は……


「ねえねえ陛下。シェリル様とランスロット様を守るために暗殺者と戦って勝ったって本当?」


 興味本位の娘だ。

 ゴシップ好きはどこにでもいるのだ。

 ブルネットの髪の少女だ。常に眠そうな表情をしている。

 貴族にありがちな整った顔だが、態度が貴族のものではない。不思議な娘だ。


「う・そ。賊に立ち向かったけどボコボコにされて死にかけましたよ」


「ふーん。じゃあ戴冠式で現れた暴漢を倒したってのは?」


「それは本当。でも戦ってはないですよ。馬のジュリエットをけしかけて跳ね飛ばしました」


「ふーん。陛下って面白いね」


 なんだかよくわからないが好印象を持たれたようだ。

 俺は手を差し出す。


「知っていると思うけどレオンです。よろしく」


 少女は俺の手を握った。


「知らないと思うけど私マーガレット・クロウ。クロウ商会の会頭の次女。よろしく陛下」


 なるほど豪商か。

 面白いコネクションができた。

 庶民の娘が話して怖くないのが確認されると他の女子も次々と話しかけてくる。

 マーガレットはスケープゴートか……

 怖いぜ女子の世界……


「陛下はどんな食べものがお好きですの?」


「陛下は詩はお好きですか?」


「陛下、レオン様とお呼びしても?」


 ……どうした俺?

 なにこのモテ期……

 黙っていても女子がやってくる!

 俺は浮かれていた。

 共学万歳!

 俺は他の騎士学科の連中と同じく完全にバカになって喜んでいた。

 そしてここで俺はあの娘と出会うのだ。


「キャロライン・リンチです」


 そう言ってやや控えめに手を差し出した女子。

 リンチ……リンチ……つい最近聞いたような……

 あー!


「エドワードの!」


「妹です。兄をご存じでしたか」


「ええ。先ほど校舎から落ちた男子生徒の救助を手伝って貰ったんです」


「そうですか。陛下のお役に立ったようで嬉しく思います」


 キャロラインは物腰が柔らかい。

 なんだか新鮮な感じだ。

 俺は微笑んだ。

 すると俺の横からひんやりとした冷気が漂ってくる。

 冷気?

 どうして冷気が?


「陛下。キャロルと親しくなられたようですね」


 そう言って俺の肩に手を置くのはフィーナさんだ。

 フィーナさんはローズ伯爵譲りの怪力で俺の肩を握りつぶす。

 いででででででー!!!


「ふぃ、フィーナさん……肩がぐぎぎぎぎぎっていってますが……」


「気のせいですわ」


 ぐぎぎぎぎぎぎ!

 肉が! 肉がああああああ!!!

 おいどんの肉がああああああ!!!


「まあ! お二人とも仲良しですわ」


 トーメーテー!

 さてここまではラブコメのお約束だ。

 次は本音だ。


「助かったかなあ……」


 俺がつぶやくと、ふっとフィーナの手の力が弱まった。


「レオン、落ちた子のことですか?」


「そう。人が死ぬのは嫌いだ」


「そうですね……」


 五年前の事件を知っているフィーナは同意した。

 一方、五年前の事件を伝聞でしか知らないキャロルは


「まあ! 陛下はお優しいのですね」


 と微笑んだ。

 キャロルの発言は不謹慎と言えば不謹慎なのだが、キャロルは怪我の状態も事故の詳細も知らない。

 話を聞いていたとしても伝聞の伝聞なのだ。軽く考えても仕方がない。

 騎士学科の男子学生たち、それに女子学生たちは楽しく談笑していた。

 俺はそれを見ながら怪我をした学生のことを考えないようにしていた。


 その日の夜。

 俺は自室で書類を書いていた。

 そう。いくら学生だからといって王の仕事は免除されない。

 空いた時間で執務をやらねばならないのだ。

 同じ部屋にはフィーナもいる。

 今ではフィーナがいないと仕事が回らないほどだ。

 いやホント感謝している。


「レオン。この種類だけど法の要件を満たしてない」


 二人きりなので呼び捨てだ。

 もう長い付き合いだし、俺がそう望んでいるからだ。

 フィーナはなにかに気がついたらしい。

 さすが法科だ。


「それはギュンターへ返却だな」


 俺はフィーナのチェックをくぐり抜けた書類をさらにチェックする。

 俺の役目は書類の内容の価値評価だ。

 議会を通っているからと言って油断はできないのだ。


「鉱山開発承認。開拓承認。国境警備承認。沿岸警備承認。次は……なんじゃこりゃ。無駄な箱物じゃねえか。無難な書類に混ぜやがって。議会は何してやがる。却下」


 俺は返却ボックスに書類を入れる。

 もうこんなのばかりだ。

 俺が最終判断した書類はあとでギュンターが宿舎に取りに来るのだ。

 ホント王の仕事って地味だよね。

 俺は黙々と地味な仕事をこなしていく。

 しばらく沈黙が続く。

 するとフィーナが俺に声をかけた。


「大丈夫だよ。きっと助かるよ」


「そうだな。だけどなにがあったんだろうな? 事件か事故か……自殺か」


 どうにも気にくわない。

 だってまだ開校して数ヶ月だ。

 自殺する原因なんて考えられない。

 俺はいじめは見つけ次第、殲滅している。

 いじめっ子を実力行使をもって片っ端からシメたのだ。

 だから学園は平和そのものだ。

 進路や生活の悩みはカウンセラー的な人員を配置した。

 考えられるのは恋愛くらいだろう。

 身分差の恋に悩んで自殺……物語としては面白いが本当にそんなことがあるのだろうか?

 果たして恋だけで人は死ねるのだろうか?

 俺は前世でズタボロになるほどフラれたが死のうとは思ったことはない。

 だから恋が原因ってのはなんだか気に入らない。

 なんだろうか、このしっくりこない感じは。

 うーん……と、悩んでいたその時、俺の脳裏にとあるアイデアが浮かんだ。

 そうだ。なにも傍観することはない。

 俺が調べればいいのだ。

 だって学園の最高責任者は俺なのだから。


「フィーナ。ギュンターに事件の事を知らせる手紙を書いてくれるかな?」


 俺だと箇条書きで事件の要点だけを書いてしまう。

 その点、フィーナは俺より手紙が上手だ。


「ええ。いいけど、ギュンター様に伝えてどうするの?」


「調べる」


 俺は約五年ぶりに悪い顔をした。

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