第34話 龍の子

 俺は走る。

 息が切れる。

 酸欠が原因の血の臭いが肺から口に漂ってくる。

 俺は学生時代のマラソン大会より真剣に走っている。

 もう死にそう!

 もう本気で死んじゃう!

 でも俺がなんとかしなければならない。

 頼れるのは父さんと母さん、それにローズ伯爵だけだ。

 ランスロット。兄ちゃんが助けてやるからな!

 俺は階段を飛び降りる。

 着地してさらに走る。

 脇腹が痛い。

 でも関係ない。

 ここで頑張らなきゃいつ頑張るよ!

 ようやくシェリルの部屋が見えてくる。

 悲鳴が聞こえた。

 俺は肩でドアに体当たりする。

 ドアが開き俺はバランスを崩して倒れ込む。

 息が切れる。

 でも我慢しなければ。


「ギュンター! やめろ!!!」


 俺は怒鳴った。

 中にはシェリルがランスロットを守るように抱いていた。

 床には護衛の騎士が倒れている。誰も死んでいない。

 ターゲットしか殺さないということか。


「ギュンター! 全て聞いた! 王の勘違いなんだ!」


 ギュンターは聞いていなかった。

 マフラーで顔を隠し冷たい目で短く細い剣を持っていた。

 まずい!


「ギュンターを止めろ!」


 俺は一緒に部屋までついてきたローズ伯爵の部下に命令する。

 二人のヤクザ顔の騎士たちは剣を抜きギュンターに襲いかかる。

 まずスキンヘッドの騎士が斜めに斬りつける。

 第三軍と違って恐ろしい使い手だ。普通だったらこれで終わりだ。

 だがギュンターはボクシングのウィービングのように身を屈めて剣の下をくぐり、さらに剣を手ではじき飛ばした。

 剣を弾かれた騎士がバランスを崩す。

 ギュンターはバランスを崩したスキンヘッドの騎士の後頭部に握っていた剣の柄を叩きつけた。

 騎士は白目を剥いて膝から前のめりに倒れた。


 つ、強えええええええ!


 化け物だと思ってたがここまで強いのか!

 同じ人類とは思えない強さだ。

 ギュンターだったら前世の世界でボクシングでチャンピオンになれたかもしれない。

 俺がそう感じるほどギュンターは圧倒的に強かった。

 もう一人の騎士も斬りかかる。

 こちらも手練れだ。

 ギュンターを突いた。

 いや胸への突きはフェイントだ。

 瞬時に剣の軌道が変わりギュンターの首への斬りつけに変化した。

 取った! 俺は思った。だがギュンターは甘くはなかった。

 ギュンターは騎士に突進し騎士の顔に肘打ちを入れた。

 騎士が吹っ飛ばされる。

 だが騎士もただ者ではない。

 鼻血を垂らしながらも剣は離さず起き上がって反撃に転じようとしていた。

 そんな騎士へギュンターは情け容赦なくアゴを蹴り上げた。

 蹴り上げられた騎士は後ろに倒れると動かなくなる。

 俺は騎士が倒される間にブーツからナイフを抜く。

 シェリルがひいっと小さく叫んだ。

 そこに一つの影が現れる。

 ゲイル父さんだ! 父さんはシェリルとランスロットとギュンターの間に立ちはだかった。


「ゲイルか!」


 ギュンターは父さんに斬りかかる。

 人並み外れた腕力のある人間によるラッシュ。

 それは見たことのないほどの速さだった。

 ゲイルはそれをいなしていく。

 どちらも化け物だ。

 父さんがラッシュ最中のギュンターの片手を取った。

 父さんはぎゅるんと下方向へ手をひねりながら膝を落とす。

 ギュンターの体が浮かび床にたたきつけられる。

 木の葉返しとかと言われている小手返しの一種だ。

 まるで合気道の達人みたいじゃないか。


「ぐッ!」


 父さんはそのままギュンターの手を取り、手首を手の平側の曲がる方に強く押し込んだ。

 関節技だ。

 そのまま足で腕を押さえて腕全体を背中側にひねる。

 この世界の逮捕術か……すげえ!

 だがギュンターは余裕があった。


「ゲイル! お前は俺には勝てない!」


 ギュンターが懐に手を入れた。

 それを見た父さんの顔色が変わる。

 ギュンターがなにかを投げた。

 それは俺の方へ向かってくる。

 ナイフだ!

 父さんが俺の前へ手を出した。

 ギュンターを離してしまったのだ。

 父さんの手にナイフが突き刺さる。


「お前には守るものがありすぎる!!!」


 ギュンターが父さんを剣で斬りつけた。

 父さんは静かに倒れた。

 くそ!

 なんでこうなった!


「……殿下。怪我をしたくなければ大人しくなさってください」


 怖い。

 だが俺はひくわけには行かなかった。

 死なんて怖くねえ!

 でも父さんをやられて黙ってられっか!

 それにランスロットもシェリルも助けるんだ!


「うるせえ! 男には負けるのがわかっていても引くに引けねえ時があるんだよ!」


 俺は今度はナイフを逆手に持った。

 そのまま手を曲げて腕の陰に隠す。


「殿下、おやめなさい。それは暗殺者の持ちかたです」


「テメエだって同じだろ! お前は王の兄妹を暗殺した功績を認められて将軍になった!」


 俺はギュンターに指をさした。

 もし俺がサスペンスドラマの主人公ならこれで犯人は終わりだ。

 だがそうはいかない。俺がギュンターを捕まえなくてはならない。


「そ、そんな先生……」


 シェリルがつぶやいた。

 心の底から驚いたという声だった。


「シェリル様。殿下が仰っていることは事実です。私は陛下を殺すためにこの国に潜入した草です。ですがあの方ははじめて私を人間扱いしてくれた……グレイ公爵に紹介していただき、グレイ公爵の計らいで私に妻を……家族を与えてくださったばかりか、私を重用してくれた……私は陛下に恩返しをしようと誓いました。だから陛下があなたとランスロット様を殺すと仰るなら、たとえ可愛い生徒でも手をかけるのに躊躇はいたしません」


「ギュンターお前は俺を王にするためにわざと俺の出生の秘密の噂を流した! 学者という触れ込みのお前の言葉は説得力があるからな!」


「ええ。それでランスロット様に着くものは全て殺せと陛下が仰りました」


「本当は俺の前でエリック叔父貴を殺すつもりだったんだな」


「ええ。でも殿下に邪魔をされました……さすがは龍の子。あなたは恐ろしい才覚の持ち主だ」


 正直言ってこの時、俺は少しだけ嬉しかった。

 それだけギュンターが好きだったのだ。


「俺とゲイルが無事に抜け出さなければ、狐狩りでライリーも殺すつもりだったんだろ?」


「そうですね。あそこで殿下が私に助け出されていれば、そのまま第三軍は全員処刑、エリック様も処刑していました。そうか……あそこから私の計画は狂ったのですね。貴方様は常に私の想像の先を行かれますな」


「王の手の平の上でもがいていた羽虫だどな……」


「それすら余人には真似ができないことです」


 ギュンターは俺に向かって剣を構えた。

 たとえお前が子どもでも俺は侮ってなんかいないぞ。

 そう言う意味だ。

 今までの相手は全員俺の容姿に騙されてきた。

 だから俺はその隙を突いて勝てたのだ。

 だがギュンターは違う。

 俺がなにをやってきたのか、その全てを見ている。

 俺を侮ってなんかいない。


「貴方様のその体術。たった数日でそこまで磨き上げたのですか」


「いいや。俺は武術が好きでね。こっそり調べていたのさ!」


 もちろん嘘だ。

 ほとんどは前世の記憶だ。

 ただのプロレスおたくだったころの残りカスだ。


「素晴らしい! 調べただけでそこまで動けるとは……まさに神童! 陛下から怪我までは許されております。お覚悟を」


 ゆらりとギュンターの体が動く。


「うるせえ! その口を閉じやがれええええ!」


 俺は叫びながらギュンターに突進する。


「やめてレオン!!!」


 シェリルの悲鳴が響いた。


 最初の一撃を防ぐのです!


 父さんの声が聞こえたような気がした。

 ギュンターが踏み込んだ。

 突きだ!

 俺はその場で前転し突きをかわそうとした。

 ぐるり。

 痛くない。

 かわした!

 ギュンターの突きは前転をする俺の尻の上を素通りした。

 格好悪いがそれでもいい。今はそんなことに構っている暇はない。

 懐に潜り込んだのだ。

 俺はギュンターの脚を突き刺す。

 当った!

 肉に刃が食い込み引き裂いた感触が俺に伝わる。。


 やった!


 がつんと俺の顔に固くて多きものが当たった。

 ギュンターが俺を傷ついた方の脚で蹴飛ばしたのだ。

 俺は蹴りの勢いでゴロゴロとバウンドしながら飛ばされた。


「きゃああああああッ!」


 シェリルの悲痛な声が聞こえた。


「殿下……皮を傷つけただけでは敵は止まりませんぞ!」


 口の中を切った。

 血が唾液と混じり口の中が鉄臭くなった。

 俺の口から血の混じった唾液が流れる。


「うるせえ。まだだ……俺はテメエを止める!」


「まだ戦われますか……我が軍の騎士でもあなたほど根性のあるものは少ない……」


 俺は中腰になって、そこからギュンター腰へ頭から突っ込んだ。

 体当たりだ。

 体当たりなら俺の体重でも効くはずだ。

 だがギュンターはビクともしない。

 なんという足腰の強さだ。

 失敗した!

 だが俺はあきらめない。

 俺はギュンターを押しながらサイドに回り込む。

 そのまま飛び上がってギュンターの襟をつかみギュンターの太ももを両足で挟む。

 そしてそのまま落下。重力に身を任せる。

 蟹挟みだ。

 この技はもともと前世の古流柔術で編み出された技で、他流にもっともかかりやすい技として紹介されている。

 今でもサンボなどで使われているほどだ。

 つまり奇襲としては望みがある。

 体重35キロがいきなり蟹挟みを仕掛ければ、さすがにギュンターもバランスを崩して尻餅をついた。


 よっしゃ!


 俺は倒れながらギュンターの足を捕る。

 ヒールホールドを仕掛けようとしたのだ。


 ギュンター! てめえの足の筋を引きちぎってやる!

 プロレスおたくを舐めるな!!!


 もちろん殺される可能性はあった。

 だがギュンターが自身が言ったとおり、ギュンターには俺を殺す許可は出ていない。

 俺はギュンターを殺せるが、ギュンターは俺を殺せないのだ。

 俺はギュンターの脚をつかむと、両手で足をひねり締め上げた。

 どうだ俺の世界の武術は! 非力でも痛いだろ!

 ギュンターは悲鳴も上げない。


 ギュンター手が俺の髪をつかんだ。

 そしてそのまま俺の顔を床にたたきつける。

 がつんと音がした。

 俺の意識が遠のく。

 これはまずい!


 俺の手の力が緩んだ。

 ギュンターが足を引き抜こうとするのがわかった。


 させるか!!!


 俺は口を開けた。

 そのままギュンターのアキレス腱に噛みつく。

 させねえ!

 絶対にテメエは止める!


「ぐ、ぐうッ!」


 はじめてギュンターが悲鳴を上げた。

 俺全力で噛む。

 ギュンターが拳を振り下ろした。

 がつん。

 打たれるたびに俺の意識が切れそうになる。

 でも俺はあきらめない。

 俺は闘犬のように噛みついたまま頭を振る。


「なんという闘志! これがハイランダーだというのか!」


 ギュンターが心の底から心が冷えた声を出した。

 ギュンター、それは違う。

 家族を人質に取られたガキが根性出しただけだ!

 それに俺は自分の役目をわかっているんだよ!!!

 がつん。

 とうとう口を開けてしまった。


「レオン!!!」


 シェリルの悲鳴が聞こえ、ギュンターは俺の口から足を引き抜く。

 俺の意識は切れそうになっていた。


「ぐ、ぐうッ! だがこれで終わりだ」


 足を引きずりながらギュンターが剣を拾う。


「あはははははは!」


 ギュンターの姿を見て俺は笑った。

 勝った!

 俺は勝ったのだ!

 俺はやり遂げたのだ!

 次の瞬間、ナイフがギュンターの肩に刺さった。


「母さん!!!」


 俺は叫んだ。


「レオン!」


 母さんは俺を拾い上げると部屋の隅に置いた。

 大丈夫だ。

 これで解決だ。

 父さんだって助かるはずだ。

 だって母さんが来たってことは……


「この裏切り者があああああああああああああッ!」


 扉が吹き飛んだ。

 そしてそこから顔を烈火のごとく赤くしたローズ伯爵が現れたのだ。


「貴様だけはこのローズの命をかけても止めてやる!」


「く、くははははは! してやられた! まさか、レオン様の今まで行動は時間稼ぎだったのか!」


 違うね!

 俺の仕掛けた罠はまだこれからだ。

 ギュンター。お前は獅子の尾を踏んだのさ。

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