第33話 王の意図

 俺は騎士を伴い王の私室へ急いだ。

 侍女を連れたメリルも後を追う。

 あのジジイ!

 今度はなにしやがった!

 たしかに本当の父親ではない。

 俺が両親と引き離される原因を作ったのもあの野郎だ。

 だけど王は俺の父親でもあった。

 俺は複雑な気持ちが駆け巡って頭がグルグルとしていた。

 もうなにがなんだかわからなかった。

 ああ10代のガキに戻ったみたいじゃないか!

 いや今はちょうど10代になったばかりなのだが、俺のオッサンの部分も今回のはキツかったのだ。

 10歳児になにしてくれるんだ!

 このバカ野郎が!


 王の私室の前には長い行列ができている。

 諸侯が王に自分を売り込もうと必死なのだろう。


「すいません通ります!」


 俺は人混みをかき分けていく。

 俺を見ると貴族達は道を譲る。

 あからさまに俺に喧嘩を売るものはいない。

 そりゃそうだ。

 普通の貴族には俺に敵対する理由などないからだ。


 途中、第三軍の連中と目が合った。

 俺はわざと連中の方へ歩いて行く。

 そしてニアミスすると去り際に小さい声で言った。


「諸君らの大将は私の所で治療してます。大丈夫です。ランスロットは私が守ります」


 連中は怪訝な顔をしたがエリックが人質に取られていると解釈したのか顔を歪めた。

 上手に全てを伝えることができなかった。

 人間というのは難しい。

 俺はまだまだ青臭いと言うことだろうか。

 とりあえずこれで第三軍へのメッセージは終わった。

 俺は中に入ることにした。


「ふむ……来たか……」


 俺の来訪は騒ぎになっていたのだろう。

 王が俺に気づいた。


「我が息子よ。こちらに来なさい」


 俺は王の寝ているベッドに近づく。

 王はいつものように陰気な顔だ。

 俺は王の顔をよく観察する。

 白目が黄色くなっている。

 黄疸だ。

 胆石だろうか?

 確か胆石は40代の女性に多いはずだ。

 なぜ知っているんだって?

 前世で胆石やったのよ。


「父上。背中が痛くありませんか?」


「いいや。痛みはないぞ」


 胆石じゃないのか?

 いやでも無痛胆石ってのもあるはずだ。

 どうなのだろう?

 でも倒れたってことはそうとうな重症だ。

 本当に胆石なのだろうか?

 他に考えられるのは……癌か……


「父上……医者はなんと?」


「ふむ、ではメリルとレオン、それに余の三人で話そうかの。諸君、すまぬが席を外してくれるかの?」


 王は人払いをする。

 貴族達はぞろぞろと出て行った。

 まあ確かに家族だけで話したいという意見は正当なものだ。

 邪魔をする権利はない。

 貴族達、それに召使いたちがいなくなった空間、そこで俺たちは対峙した。

 一見すると病人を見舞いに来た家族だ。

 だが俺たちは一触即発だった。


「そうか。メリルに聞いたのか……ゲイル、お前も出てきなさい。どうせいるのだろう?」


 王の言葉でゲイルが木戸から入ってくる。


「ここで余を殺そうというのかな? ああ、素晴らしい。ようやく余はこのくだらない世界から解放されるのだな……」


 ゲイルが自分の胸に手を入れた。

 俺はそれを制する。


「父さんやめて。父上……王は……おそらく致命的な病だ……長くは保たないだろう」


 おそらく王は癌だ。

 もう長くはない。

 いつも暗い顔をしてたから気づかなかった。

 彼を殺す必要なんてないんだ。


「レオン……なぜだ……この男が……俺たちを引き離し、お前を殺そうと……」


「違います。そうだよね母さん」


 ゲイルがメリルの方を見た。

 メリルは無言で首を縦に振った。。


「レオン……どういうことだ?」


「王は……俺を守っていた。父上、そうだよね?」


 俺は王を見据えた。

 王は目から涙を流した。


「そうか……やはりレオン、そなたは龍の子だったか」


 今からこの事件の真相を話さなければならない。

 それが俺の役目なのだ。


「まず父上、王はハイランダーには興味はない。違いますか?」


「お、おい、レオンなにを言っているんだ……」


 ゲイルがツッコミを入れる。

 だがこれが真相なのだ。


「ああ、やはりそなたは余の子だ……醜くて小賢しくて、そして汚れている」


 ああそうだ。

 俺は汚れている。

 でも汚したのは親父じゃない。


「父上は……メリルが欲しかった。だからハイランダーを滅ぼした。これが真相です」


 最初に俺が感じた違和感。

 そう、個人的な恨みだと感じたあの違和感。

 それは正しかった。


「レオン、どういうことだ」


「父さん。父上は女性を愛せないんです。いや、かつて愛せなかった。人間の心は複雑です。たまにいるんです……人への共感性が極端に低い人間が……」


 そうだ。だからシェリルに手を出さなかった。

 いや父上は手を出せなかったのだ。


「父さん、おそらく母さんと父上は前に会ったことがあるんでしょう?」


「ああ、前に村に前王が来たことがあるが……」


「その時、優しくしてしまったんでしょう。王はそれをずっと憶えていた。そして母さんを手に入れるために戦をした」


「なぜコイツはそんな憎まれるようなことをしたんだ!」


「それしか父上は人との関わり方を知らなかったんです」


 父上の人生は人を憎むだけの人生だった。

 復讐、復讐、復讐、それだけが彼の人生だったのだ。

 本来、最初に人間関係を結ぶはずの親は彼を残して死んだ。

 それ以来、父上は王として生きてきた。

 人への関わり方を学ぶ機会なんてなかったのだ。

 彼の知っている人間関係は憎しみだけなのだ。

 だから彼は母さんへの思慕を憎まれることで満たそうとしたのだ。

 ゲイル、父さんはへなへなと膝から崩れ落ちた。

 俺だって結構ショックだ。

 でも父さんの気持ちはわかる。

 まさかそんな個人的理由で滅ぼされたなんて思ってもいなかったのだろう。

 俺だって前世の記憶がなければこの結論には辿り着かなかった。


「じゃ、じゃあ、レオンを殺そうとしたのはなぜだ! これも憎まれるためか!」


「おそらくは……王は王位は誰でもよかった。でも俺が死ぬのも嫌だった。恋人を繋ぎ止めるための大事な人質ですからね。私を守るために父上は父さんと母さんを動かした」


 あまりに歪んだ愛情表現に俺は悲しさを感じた。

 憎しみはない。

 ただただ悲しかった。

 父上は、王は好きな子に意地悪をする悪ガキと同じなのだ。

 俺もフィーナには優しくしてやろう。

 決してからかっちゃダメなのだ。

 俺は納得した。

 だが王はそれを否定する。


「違う。余は本気でレオンを王にしようと思ったのだ」


「なぜですか?……父上」


「わからぬのか……レオン」


 王は悲しそうな顔をした。

 いやその目は絶望に満ちていた。

 そうだ王は普通の人間ではない。

 こと人間関係については10歳児となんらかわらないのだ。

 俺はさらに考えた。

 王は好きな子に意地悪をする。

 王は俺を暗殺寸前まで追い込んだ。

 ……おい、嘘だろ。


「……愛してるから?」


「そうだ。そなたは愛する女の息子なのだ。そなたは余とメリルを繋ぐただ一つの接点なのだ!」


「レオンどういう意味だ」


 俺だってわからねえよ!

 と言いたい所だが考えを整理する。


「そうか……父上は私に歪んだ愛情を向けていた。そうかこれはプレゼントなんだ。だから俺にこの国をあげようと思った……」


「そうだ。メリルもシェリルも余を愛してくれなかった。それは余の不徳といたすところだ……だがそなたは……そなただけは余を見捨てなかった。未だに父上と呼んでくれるなんて! 心の底からそなたが愛しい」


 俺はこれまでのことを思い出していた。

 俺は大人にとって都合の良い子どもを演じてきた。

 全方面に媚びを売って、愛されようと努力した。

 父上にも話が通じないとは思っていても、なるべく俺から一緒にいるようにして無視されても話しかけた。

 てっきり嫌われていると思い込んでいた。

 それが違ったのだ。

 いつしか父上の世界には俺と自分しかいなくなっていたのだ。

 父上は俺にこの国をプレゼントしようと思ったのだ。


「余がそなたに渡せるのは王位だけなのだ……だから邪魔者を全て排除してやろうと思った……」


 最悪だ。

 俺が殺されそうになったのは王のわがままだったのだ。


「母さんは全て知ってたんですね」


「全てじゃないわ。ジョンがなにを考えているかなんてわからないもの」


 俺は王位はいらない。

 それだけは許せなかった。

 それが王の全てだったのだ。

 だとしたら……最初のヒ素は?


「最初のヒ素を仕込んだのは父さんじゃない……」


「なにを言っている。俺はそんなことはしないぞ」


「……父上、まだ暗殺者はいますね?」


「やはりレオン、そなたは素晴らしい。そうだ暗殺を仕掛けたのは余だ」


「私が暗殺を回避することを見越して仕掛けた……」


「いや違う。回避しなければ、彼ものはそなたを守る騎士として現れる予定だった」


「それは誰ですか!」


 そこで俺の脳裏にあの顔が浮かぶ。

 あの暗く、目つきが鋭く、そして哀しみを背負った顔だ。

 ああ、そうか。だからあの男は俺に近づいたんだ。


「あ、暗殺者はギュンター将軍ですね……」


 ギュンターは外国人だ。

 そして国費留学中に令嬢のハートを射止め婿養子になった。

 いや違う。

 ギュンターは父上のお気に入りの暗殺者だった。

 お気に入りの暗殺者にこの国の将軍という褒美を取らせた。

 それが真相だ。

 歴史学者というのも嘘だ……確かに家庭教師もしていたがそれはグレイ公爵のところに潜り込むためにつけた知識だろう。

 全て王が俺に吹き込むように言ったのだ。


 クソ! 騙された!

 顔が怖いのに中身が優しいから騙された!

 そして俺の中で恐ろしい想像が産まれる。

 俺が王位を継ぐのに邪魔なのは誰だ?

 ……ランスロットだ!


「聞いてください。ギュンターの次のターゲットは誰ですか?」


「そなたの想像通りだ」


「今すぐ命令を取り消してください!」


「なぜだ。ランスロットはそなたの王位継承の障害になるんだぞ!」


 やはりランスロットだった。

 それだけはダメだ!

 それだけは俺は許さない。


「弟を手にかけるような浅ましい真似までして王になる気はない!」


 俺は王の目を見据えた。

 どうかわかってくれ。

 俺は王位なんかよりランスロットの命の方が大事なんだ。

 俺を見ると王は悲しい顔をしてまた涙を流した。


「ああ……そうか……余はまた間違えたのだな。そなたは空を飛ぶ鳥のように自由だったのか。それを余は檻に押し込めてしまったのだな……」


「私はそんな上等な生き物じゃありません」


 俺がそう言うと王は涙を流した。

 そんな王を見てゲイルもメリルも無言を貫いた。


「ああ……世界で一番美しくそれでいて薄汚いものよ……そなたは何を望む?」


「正妃シェリルと弟が生きることです。私は家族が死ぬのは嫌だ!」


 俺は堂々と言い放った。


「それで超えられぬほどの高い壁がそなたの前にそびえるとしてもか」


「ええ。壁はぶち壊してやります」


「そうか……そうなのか……いいだろう。ギュンターはこの機を逃すまい。ランスロットを亡き者にしようとしているはずだ」


「く、父さん!」


「ああ、レオンわかった!」


 ゲイルが窓か飛び出していった。


「俺も向かいます。母さんはローズ伯爵を連れて来て。あの人が切り札なんだ!」


 俺は部屋を飛び出す。

 ローズ伯爵の部下だけを連れて俺はランスロットの元へ向かう。

 兄ちゃんが兄ちゃんが助けてやるからな!!!

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