最終章最終節「因果大戦」七(暁遥かなり)

 あたかかな桃色の光が、漆黒の刃に鉋の如く削られていく。

 それは、本来。この星の上では有り得なかった筈の光景。空海達も「例外」と確かに呼べるほど、その現象に接してきた訳ではないが。不自然さだけはどうしようもなく、その第六感へと響いてくる。

 黒いブッシャリオンの行使が齎す、膨大な不協和音。塗り替えられた、世界の断末魔。本来、それは「人間」には捉えられぬ音だ。

 人は、人を見るようにできている。声なきものの声に耳を傾け続ければ、人は壊れてしまう。しまう。

 だが、それこそが聖者の所業であるのだと。嘗て信じた者達がいた。

 計画秘匿コード『マイスタージンガー』は、そもそも。奇しくも。そうして作られたものだった。

(マイスタージンガー。職匠歌人。歌……歌、か)

 血を流し、地面に倒れ伏しながら。肆壱空海は、走馬灯のように過去を想う。そもそもの、旅の目的を。

 そういえば。参壱空海が時折、口ずさんでいた。およそ音楽と呼ぶには相応しくない、何かであったが。彼の常人の域に非ざる『耳』には、別の何かに聞こえていたのやもしれぬ。

(……もし、君が。何時か、天上の彼女に出会うことがあったなら)

 そうして、命を使い果たした彼の遺言を思い返す。

(彼女を見ていた僕が居たことを。伝えて欲しい)

 もとより、果たせる宛てのない約束ではあったが。それもどうやら、ここまでらしい。

 「対仏大同盟」は、ヤーマの宣言とは裏腹に、徐々に彼等を弱らせるような戦いをしている。仲間達が、まだ戦っているからなのか。それとも、モデル・クーカイの「暴走」を警戒してのことなのか。しかしそれとて、何時まで続くのやら。

 負けることも、仲間を失うことも。何方の結末も首肯しかねる。ならば、立ち上がらねば、と思いながら。霞む目で天を仰ぎ見る。

 天上の歌。遥かなる声。

 いまだ目覚めぬ参参空海は、その境地にまで足を踏み入れたのだろうか。


 ……天といえば。欠けた月の謎が気掛かりだが。あれは一体、何だったのか。もしも、天上の視座があれば、この世の憂い全ての答えを得られるのだろうか。


 ガンジーが、銃を構えて撃ち放つ。クーカイが、槍でヤーマ達のうち一体を突き返す。その奥で。弐陸空海は囚われ、引き摺られて行く。

 ……嗚呼。

 思考はとめどなく流れ。時は無常に過ぎていく。

 救いは、果たして。何処にあるのか。


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「ブッシャリオン崩壊放射、基準濃度の三万倍。スペクトラム異常、月で観測された同位体に近似」

 ボロボロの宇宙服(ハードスーツ)を纏った女は、彼方を見据えながら呟く。

 既に慣れたアフター徳カリプスの地上の基準に照らしても、尚異常な数値のブッシャリオン濃度。

「東京湾拠点とのリンク確立、失敗。母艦(ヴァンガード)への通信……不能」

 我らが母艦は本当に。肝心な時に頼りにならない、と女はぼやく。

 彼女は、移民船団「ヴァンガード」の現地調査員である。地上拠点構築の予備調査のために、旧東京圏に潜伏し……そして、東京湾宇宙港が稼働を再開して後は、こうしてより広域を調査してきた。

 そして、つい先頃。どういうわけか、船団から拠点への緊急帰還命令が発令され……ほぼ同時に彼女の観測視界で広域のブッシャリオン異常が発生した。

 本来、帰還を優先すべき状況ではある。しかし、強力なブッシャリオン放射のせいで通信は途絶。そして何より、目の前で現地人が襲われているところを見つけてしまった。

 行動規範に基づくならば、助けるべきか否かは微妙なラインだ。何より、相手の数が多い。多すぎる。しかし。

「……『対仏大同盟』」

 あの相手は。現状、船団の敵であり。第二目標、「『計画』成果物の回収」に関連するモノだ。接触した場合は、可能な限り情報を持ち帰るよう、指令が出ている。

 ただでさえ遭遇が困難な相手だ。この機会を逃すのは下策。何より、敵が多いからといって。必ずしもわけではない。

 その他諸々の材料を合わせても、判断は五分と五分。現地の人間の裁量に委ねられた、と解釈できる。

 故に、彼女は迷いなく。長い棒状の獲物を構える。

「ブッシャリオン・フラクタル、アクティベート」

 棒のシリンダーを引き抜き、機械部品……結晶体の詰まった機械装置に詰め替える。

「其は、払暁あかつきの光なり。PDD-004、パーソナルコード『』。開封」

 結晶体から光が溢れ出し、青白い燐光を纏う。

 徳に非ざる、救いに非ざる、ただ前へと進み、暁を払うための力を。


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ブッシャリオンTips PDD-004『ワンド』

 ブッシャリオンを用いた演算器と、物理現象への干渉たる「奇跡」。その果てにあるものが、嘗て「魔法の杖」として予言されたものの正体。

 現在のところ『ヴァンガード』が手にしたものは、現状においては対仏大同盟の用いる疑似奇跡の劣化品に過ぎず、このシステムの本体は『ヴァンガード』の母船と衛星ネットワークそのものであり、杖状のデバイスは一種の誘導ビーコン、ネットワークの端末に過ぎない。

 処理に船団のリソースを圧迫するほか、ビーコンが「生きた」まま敵に略奪された場合、致命的な結末を齎す可能性があることから、核部分を爆破処理可能な構造となっている。


 余談であるが。PDDとは『Planet Deformatting Device』の略とされており、惑星改造のための大規模ガジェットやプロジェクトに割り振られるコードである(英語表記は木星方言に基づいている)。

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