最終章最終節「因果大戦」六
「……そうか」
ガンジーの叫びを聞いて。ヤーマは口を開いた。
「『お前達』は、いつもそうだ」
静かに、穏やかに。しかし、怒りを込めて。
「『お前達』に、一貫性などというものはないのだ。目先の損得に溺れ、遠大な視野を持つものを、そうして振り回すことだけが『お前達』の成しうることなのだ」
それは、人類という種への怒りだった。もしも、機械が個であったなら。彼のように感情を持ったなら、吐露するかもしれない憤怒だった。彼等は、「怒り」と呼べる者を持っていた。
しかし、
「お前も人間だろうが」
ガンジーは、事も無げにそう言った。
「…………」
「人間だろ?」
やや不安そうにガンジーは振り向く。
「……いや、あれは……」
肆捌空海が説明を試みんとするが、
「待て」
クーカイがそれを制した。
それは、或る意味ではガンジーの悪癖だった。薄々の予感はあった。いや、気づいていながら、見過ごした。
彼は、「人間というもの」の「定義」が違う。広すぎるのだ。
何が原因かはわからない。踏み込むつもりもない。生まれついて「そう」なのかもしれない。
だが、事実。徳で動く機械仕掛けの超人も、奇跡を振るう怪物すらも、彼はさしたる躊躇いもなく人と認めた。
その度量を、今は信じる。クーカイはそう決めた。
「……」
ヤーマは、黙していた。
人類種否定の命題。それを駆動する怒り。
だがそれは、人と同じになることだと。同じ愚かさを持つことだと。
そう言われてしまえば、返す言葉はなかった。
目の前の。人工聖人を束ねるこの男は、信じ難くもそれを看破したのか。
「……この」
それでも、と。言葉を返そうとしたその時。
「……挑発の応酬は無益です」
傍らに立つ、喪服の女が彼を諫めた。
「………自明だな」
ヤーマは、すんでのところで我を取り戻した。と、いうよりも。その瞬間、我を忘れかけていたことに気付いた。
「
「引き替えの条件は?」
肆壱空海が注意深く尋ねる。
「無い。いずれにせよ、お前達はここですり潰す。彼女の余命が延びるのみだ」
とはいえ。彼(ヤーマ)が、ここまで戦力が開きながら、ガンジー達を力づくで押し潰さないのには、無論理由がある。
それは、根源的な「相性の悪さ」だ。
異なる価値観に基づく情報の代謝物。僅かに性質の違うブッシャリオン同士の相克。無論、対抗する「策」はあるが、確証には欠けている。
そして、それ以上に。目的の彼女が暴走すれば、厄介だ。彼女は、己の素質を棄てているだけで。本来は、天の高みへと至れる逸材なのだから。
「なので。ここでわざわざ、余命を縮められることはないかと」
虚空より伸びた黒い糸が、射出された五鈷杵を絡めとる。
「……甘くはないか」
肆壱空海は、異能の主。喪服の女を見て歯噛みする。
会話で注意を逸らし、隙を突いて「頭」に手傷を負わせられれば或いは、という考えは脆くも崩れ去った。
「最期の最期で、個の力に頼るとは」
ヤーマは、静かに腕を掲げた。彼は、他ならぬこの空海達から、その過ちを学び取ったというのに。
「それが、お前達の敗因に相違ない」
その合図に応えるように。幾人もの対仏大同盟が、襲い掛かる。
「おっしゃあ!一番槍ぃいいい!」
肆壱空海のもとへ最初に辿り着いたのは、槍使いだった。
黒い光で形作られた姿なき槍が、喉元へ迫る。
「くっ……」
回避は間に合わない。次の金剛杵を射出する暇もない。肆壱空海は、腕に力を籠める。
普段は弾丸の射出に用いる、純粋な徳エネルギーの爆発を以って槍先を削る。それしか、あるまい。
黒い光の軌跡と、桃色の閃光とが交差する。
一瞬の瞬きの後。
「……馬鹿、な」
肆壱空海は、目を見開いた。体を庇った彼の掌を、黒い槍が貫いていた。
何故。徳エネルギーは、かの黒い力の奔流に勝る筈。
同じことが、周囲でも起こっていた。肆捌空海の「針」は相手を抉り切れず、弐陸空海はいともあっさりと網に手足を絡め取られた。
厳密に言えば。異なる種類のブッシャリオン同士は、相性の有利不利ではなく互いに干渉し、時に打ち消し合う相克の関係にある。それを、月で得た情報を元に、対仏大同盟は知り得ていた。
それでも、黒いブッシャリオンが、人類の用いるブッシャリオンに相性で劣る理由は、唯一つ。
「弱いから」だ。
幾万年の歴史と、たかが数年。雛の時代を含めても数百年の記録。
千にも満たぬ個体数と、減って尚も億を数える人類。
それしきのことで、積み重ねてきた価値の重みに、万人が信じるに足る
しかし、それはつまり。
そしてだからこそ、
「今この場に於いては、我々が、強い!」
ヤーマは、決して。伊達や酔狂で同士を引き連れて来たわけではない。
全ては。己を信じる者たちの力で。強大な人類という積み重ねを打ち破るため。
足下から、黒い泥が溢れ出る。この世界の理を、塗り替えるかの如く。
実のところ、この策が働くかどうかは、ヤーマにとっても賭けの部分があった。
「結果」としてのブッシャリオンは観測可能だが、その元となる「因果」は、古のコペンハーゲン解釈を引くまでもなくブラックボックスのままであるからだ。
即ち、「何がどの程度有利になるか」は、予測の立てようがない。
それでも、既に確証は得た。
彼等の奇跡は、人類の起こす祈りを、奇跡を、今この瞬間において凌駕したのだから。
やがて、この星全てが、そうなるであろう、とヤーマは確信する。今日という日に、彼等は星を継ぐものである証を得たのだから。
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