最終章最終節「因果大戦」五

 対仏大同盟の人型義体ヒューマノイド・ボディを満載した弾道輸送機が、補陀落拠点より撃ち上がる。彼等の目的に不可欠なモノ。モデル・クーカイの系譜に連なる、神の器。弐陸空海を押さえんがためだ。

 しかし、天よりの傍観者は、その目的を知る由もなく。ただそれを眺めるのみであった。

「フダラク・ベースより打ち上げ機1。ほぼ垂直の弾道飛行です」

「少々無理が生じますが、撃ち落としますか?」

「様子を見ましょう。数が1機……本格的な侵攻ではない以上、此方の迎撃能力はなるべく伏せておきたいところですし」

 そもそも、衛星軌道より地上を監視するヴァンガードにとっては、打ち上げられたモノの「中身」は断定できない。それが分かったとして、撃ち落す手段は限られる。手の内は完全には明かせない。

 そして、よしんば対処する戦力があったとして。

「事後の処理は? 東京湾の戦力なら、すぐに動かせますが」

「やめておきましょう。東京湾はです」

 地上での得度兵器との戦闘は、終息していない。多正面作戦の懸念がある限りは、東京湾の打ち上げ基地を手薄にすらできない。

 漸く機能復旧を果たしたあの港は。なのだから。

「……とはいえ、現地に居る人間がどう考えるかまでは、わたしにはわかりかねますが」

 ヴァンガードは、地上に拠点を構築するだけでなく、現地勢力との折衝を兼ねた調査員を送り込んでいる。

 もしも仮に、現地からの追加情報のアップロードと同胞の求めがあったならば。彼女は、改めて決めなければならない。その手を取るか、跳ねのけるかを。


--------------


 地獄へ堕ちる罪人の如く。人のカタチをしたモノが、天の果てより降り注ぐ。

その先にあるのは、徳無き大地。

 この星にしがみつく人間達が、生きる場所。

「……何だぁ!?」

 ガンジーにとっては、既に目にしたことのある光景(もの)。それでも、上空で巨大な蓮の花が弾ける様は、異様に過ぎる。

 前の時は、得度兵器だった。しかし、此度。砂埃を上げて地に降り立つのは、幾百もの人間だった。

 地に伏して降り、ゆらりと立ち上がりながら、大勢のヒトが、ガンジー達を見つめる。

 だが、

「……人間じゃ、ない」

 最初に気付いたのは、意外なことにクーカイだった。

 彼は、「同質の存在」と既に矛を交えていたが故。

 東京湾と北関東拠点で目にした悪夢。あの、『第二位』と同じ類の怖気を、数百もの人影全てから感じていた。

 もしも、あんなスペックの化け物が、纏めて襲い掛かって来たのなら。それはもう、戦いにすらなりはしないだろう。此方が完全武装のクーカイ・スコードロンだったとしてもだ。

 一方で。あの空海戦線を潜り抜けた者。とりわけ肆壱空海は、別の気配を感じていた。……それは。あの、「黒い大仏」の気配。黒い泥をまき散らし、幾人もの味方の犠牲によって討ち果たした、大敵の気配。

 何方も、足を竦ませるのに足る存在だった。それだけの、脅威だった。

 数百のヒトの群れから、一人の男が歩み出る。

「久しいな、出来損ないどもモデル・クーカイ。そして、初めましてだ。滅びゆく者にんげん

 『ヤーマ』。嘗て独りであった彼は、今や。この群れの。対仏大同盟という名の、一個の勢力の主である。

「盟主様」「我が同盟者」「我らに導きを」

 口々に、群れが叫ぶ。その鳴動に応えるように。彼等の足下から、黒いブッシャリオンが溢れ出す。

 或る者は、矛。或る者は、翼。或る者は、具足。或る者は、鉄球。

 めいめいが、めいめいの奇跡を手に取る。

「なるべく穏便にだ。彼女だけは傷つけるな」

 その光景に、足を竦ませなかったのは、一人だけ。『知らなかった』のは、独りだけ。

 ガンジー、ただひとりだけだった。

 とはいえ、彼も馬鹿ではない。事態の不味さは見当がついている。だが、それでも。いや、だからこそ。立ち止まる訳には、いかないと。そう、本能が告げていた。

「……クーカイ、街との距離は?」

「正確な位置はわからんが……まだ十キロくらいはある」

 微妙な距離だ。

 注意しなければ、巻き添えが出る。かといって、逃げることも、応援を頼むことも難しい。

 得度兵器に押し付けるか? いや、この近辺には拠点ももはや無い。

「どうした。この星の、覇者の矜持があるならば。せめてその奇跡を手に取り、抗ってみせろ」

 ヤーマが、挑発する。

 空海達もまた、周囲に気を張りながらもガンジーの方を見つめている。そして、彼は大きく息を吸って。

「うるせえ!! 奇跡なんざ知るかバーカ!!」

 そう、叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る