最終章二幕「聖地騒乱①」

 嘗ての時代に於いて科学技術と仏理の力によって人の枠を超え、仏の境地にすら届くかと思われたサイバネティクス人類。しかし、その身は徳エネルギーの加護を退け、徳カリプスによってすら救いを得ること叶わず。修行僧、或いは巡礼者となり、荒れ果てた世界を彷徨い歩く者達も決して少なくない。

 得度兵器に真っ向から喧嘩を売るような常識外れこそ少ないが、彼等は彼等なりに罪を濯ぎ徳を積み、人類を救い、導かんと試みる者達もまた多い。

 そして……その長い贖罪の巡礼はやがて半ば必然的に、人類の信仰が集中するポイントへと収斂する。

 『重聖地』と呼ばれる幾つかの宗教上・信仰上、或いは徳エネルギー研究における要地。アフター徳カリプスに於いては、生身の人間が立ち入れば、一夜足らずでこの世のくびきより解き放たれる、地上を侵食する浄土。即ち、無尽蔵の徳エネルギー資源埋蔵地にして、得度兵器の根拠地。

 時代の遺物とも呼べるサイバネティク巡礼者の多くは荒ぶる機械仏の餌食となり、長い長い人生の旅の終わりを迎える。得度兵器はブッシャリオンの加護を失ったものを、救うべき人類とは決して見做さないからだ。

 それが、今の世の理だ。

 しかし、此処に例外がある。

 巨大宗教の聖地は仏教革命以後に於いても決して無視できるものではなかった。故に得度兵器もまた徳カリプス以後に此の地に手を伸ばした。

 ただ一つ、他の聖地と違っていたのは。嘗ての人類が、此の地を巡り数多の血を流したこと。築き上げた闘争の歴史によって、人類は奇跡的にこの地を確保し続けた。

 始まりは、小さな奇跡。そして、巡礼の結果集った巡礼者達の手によって吹き溜まりのように人の文明は保存され、新たな社会が芽吹いた。

 AT0017現在、人類の手に残された、ほぼ唯一の重聖地にして世界屈指の主なき残存人類域、それは即ち人類の最終防衛ライン。

 複合重聖地・エルサレム絶対防衛線。

 重武装サイバネティク老兵と最新鋭の得度兵器が衝突する終末の巷。本来ならば主戦場であるべきこの場所が取り立てて話題に上らなかったのは、つまるところ十年以上をかけて極東の島国が漸く手にしつつある膠着状態に、僅か数年のうちに陥っていたからだ。

 重聖地を押さえた人類には、ほぼ無限のエネルギー供給がある。しかし、様々な事情から得度兵器に対して大規模攻勢に出ることは難しい。

 その一例として。そもそも、得度兵器とは偶像を模倣した存在だ。そして此処には、聖地という立地故に、宗教者も多い。だからこそ、『解釈』が割れたのだ。

 得度兵器とは何者か。彼等に手出しをするべきなのか。座して受け容れるべきなのか。破壊するのか、対話を試みるのか?重度の功徳汚染によって外界から情報的にも途絶し、明確な軍事的主導者を持たないこの共同体は、辿り着いた『巡礼者』の力によって、辛うじて地域の防衛に終始している。

「……つまり、内部の思想的統一、指揮系統の整備さえ行えれば、『外』に手出しするポテンシャルは十分にあるということだ」

 だからこそ、彼はサイバネティック巡礼者に紛れ、都市の中へと紛れ込んだ。

彼、すなわち『第二位』の肉体も、この場所では大して目立ちはしない。

 この星を巡る情勢は、数カ月のうちに大きく変化した。現状最大の警戒を行うべき移民船団は、確度の高い予測として、この場所には手出しができない。

 複雑な宗教思想を調律し、統制するような繊細さは彼等には無い。故に発展性が無い。此処に陣取るのは短期的には良くとも長期的には論外だ。

 長の『個人芸』ならば別だろうが、そもそも、神仏というものは、人間の手に余るからこそ神仏なのだ。

 だからこそ、彼にとっては混沌の渦中に手を突き入れる価値がある。得度兵器側の勝利を願うならばこの土地は厄介な障害だが、チェス盤をひっくり返した途端に、此処は有望な投資先となる。

 長期戦によって機械仕掛けの傭兵達が疲弊すれば、戦力バランスは傾き、この共同体は自然に崩壊を迎えると予測された。それを延命すれば、天秤は傾く。

 とはいえ、彼にとっても厄介な作業には違いない。懐柔と攻略には、大変な苦労を強いられる。


 いや、、と。そう言うべきだろう。

 何故なら、この都市の大半は、既に彼の掌中にあるからだ。

 サイボーグ元老達は、メンテナンスの技術で味方に取り入れた。時には物資を提供し、時には彼自身が戦力として戦働きをし、信頼を勝ち取った。

「よもや、私があの『第三位恥さらし』の真似をすることになろうとは」

 しかし、矜持を曲げ、専念してまで手に入れる価値は確かにあった。今や、この共同体の生殺与奪は、殆ど彼の掌中にある。彼にとっては、ひどく旧く、懐かしい感覚だった。

 誰にも、この人類社会の最後の大黒柱とも呼べる最終防衛線を無視することは出来まい。少なくとも、人である限りは。


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ブッシャリオンTips 絶対防衛線の都市構造

 AT0017年現在のエルサレムは、大まかにはドーナツ状の構造をした都市である。穴の中心にあるのは、重度汚染地帯となった旧市街、それを丸ごと覆う「箱」、或いは「棺」と呼ばれるドーム状建造物である。周辺区域には『十戒』本部が置かれている。

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