第六節「払暁の光③」

『残り30分。機体各開口部、閉鎖。排水開始』

『エリュシオン』の機体から、重り(バランシングウェイト)に使われていた海水が排出される。機体の喫水が、少しずつ下がっていく。

これで、この『船』は。本来の『飛行機』に戻る。ただ、それは。決して地より飛び立つためでなく。光に翼を焦がし、地へ墜ちるがための飛翔の前触れであるのだが。

「『ボギーブッダ2』α、β、海岸線の防衛ラインに接触します」

 巨大な得度兵器。否、それをもはや、得度兵器と呼んでよいものか。兎に角、それは。既に海辺へと到達した。巨大な地響きを鳴らし、行く手を焦土へと変えながら。

 海岸で機雷と爆雷が起動し、巨仏の足下で小爆発が連鎖する。『船団』の用意した備え。タイプ・ブッダ数機を跡形なく溶かせるだけの量の液体爆薬であったが、此度の相手は余りにも巨大に過ぎた。

「……やはり、備えてはいるか。だが」

 と、『レイノルズ』は肩の上で呟く。

 この程度では、物足りない。

「まぁ、賑やかしの花火、といったところか」

 本来ならば、こうなる前に遠距離から薙ぎ払うところだが。彼等の能力と、得度兵器のビーム兵器群は余りにも『相性が悪い』。最小限度の使用で済ませなければ、正気に戻るか、はたまたその前に自壊するか。

 そう考えていた最中。ズン、と一際重い衝撃が襲った。

「やればれきるでじゃないか」

 恐らくは、海岸の地雷原に混じっていた、小規模な核兵器。最後の虎の子、と言ったところか。こんなところで切ってくる、ということは。

 間違いなく、『次』の札を相手は用意している。という期待が持てる。

「あと、20分程か」

 此処からはまだ、船団の本陣には届くかどうか。

 『届く』というのは、射程の話ではない。この得度兵器を、『支配から解き放った時』に。船団をターゲットにするか、どうか。そういう話だ。

「今回の仕事は、『宣戦布告』、兼『暗殺』」

 最初から、この文字通りの『デカブツ』は囮。狙い通りの場所で『爆発』すればいい、つまるところ大きな爆弾のようなものだ。

 狙いは、ユニオン『第三位』の首。どうせ、一度殺したところであの手の存在は何らかの復活手段を残している。それを根こそぎ狩るために、この大仰さが必要だった。そして同時に、繊細さも必要だ。だからこそ、あの部隊を踏み台に『経験値』も積んだ。

 こうして座している間にも、『レイノルズ』は自我を削り、膨大なクアジ・ブッシャリオンを巨大得度兵器をただ歩かせるために注ぎ込んでいる。しかし、彼はそれを苦行とは感じない。寧ろ、自分が限りなくシンプルに研ぎ澄まされていく。

 それは寧ろ、人であるならば。悟りに近づく喜びにも似ていたのかもしれない。それとも、己を、『部品』へと。ただの機能を果たす『機械』へと還すことは、胎内回帰にも似た薄暗い願望であるのか。

 正直なところ、彼自身にも判然とはしない。

 ただ、彼等は地に地獄を撒き。使命と願望のままに世界を浄土へ近づける。そういうものに、成り果てようとしていた。

 その先に、何があるかも知らぬまま。


--------------


「……結局、『向こう』だと何が起こってんだ?」

と、ガンジーが呟いた。通信が切れてから、数十分が経っていた。

「詳しくは、わからんが……彼等もまた、得度兵器と戦っているらしい」

「罠じゃあなかった、ってことだよな」

「今のところは、な……」

「俺達に、何かできることはねぇのか?」

「無いだろう、今回ばかりは。何せ、通信がやっと届くだけの、地の向こうだ」

 クーカイは残念そうに答えた。持ちうるだけの情報は伝えた。あとは、運を天に任せるしかない。

 尤も、仏像が歩き回る世の中だ。その天にも、果たして何者が居るのか知れたものではないのだろうが。


▲▲▲▲▲▲▲

 この世ではない、どこかで。

「……ふぅ」

 『吊るされた男』は。崩れかけの天文台のような場所で、壁を直していた。

 此処は徳の宙と呼ばれる、高次の認知を以て、或いは、その断片を用いるブッシャリオンの力を借りてのみ到達しうる場所だ。

 此の場所には、明確ではないにせよ『境界』がある。

 いや、と言った方がいいのか。

 無辺に見える世界にも人間に辿り着ける場所には、限りがある。彼から見える場所にも、限りがある。それはつまり、人間という存在のまま、在り方のまま。手を伸ばせる限界だ。

 此の場所に辿り着けても。それを踏み越えれば、異なる『在り方』に己を削られる。しかし、それでも『越境者』は幾度か現れた。

 人造の神。或いは、そう『なってしまった』モデル・クーカイ。そして、異能を以て、身を焼きながら境界を踏み越えた者。

 そして、『人になろうとした機械』。この『天文台』に、足を踏み入れた『何か』は、此処で、何かを持ち帰った。

「ブッシャリオンは、一つのものではない」

 仮説は、幾度もあった。証明は、誰にもできなかった。手掛かりにすら、殆ど誰も至れなかった。それでも、この場所でなら。

 この徳の宙に、見えざる境界が在るという事実を以て。彼はそう断言できる。

 人類が『ブッシャリオン』として扱ってきたのが、実は複数のものであったのか。それとも、人類では辿り着けない場所に隠されているのか。どちらも恐らく真実なのだろう。しかし、それらの総称が「ブッシャリオン」なのだ。

 徳が特定の指向を持った行いの蓄積であるならば。其処には『基準』、つまるところ『価値観』が介在する。人の『価値観』によって区切られたものが、今、ブッシャリオンと呼ばれている断片、徳エネルギーそのものであるのだとしたら。そして、人類以外に、そうした価値観が有り得るとしたら。

 今は、不完全であったとしても。

 あの『越境者』は。やがて、その結論に辿り着く。


 無辺の地の内に、一筋の細い、真っ黒な川が流れている。それは、少しずつ。地を抉り始める。

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