第三節「対仏大同盟(アンチブッダ・アライアンス)④」

「街の飯が懐かしい」

「そうか?俺は割と気に入ってるんだが」

「肉が食いたい」

 寺院都市に着いて数日。歓迎の雰囲気が冷めやらぬ中、ガンジーは早くもホームシックにかかっていた。地下はどうにも、いい思い出がない。それに、はっきり言って、この街は、食べ物が乏しい。

「宗教上の理由もあるだろう」

 と、クーカイは言う。彼の方は寧ろ、この環境が肌に合っている様子ですらあったが。

「どうしてもと言うなら、自分で狩(と)ってとってきたらどうだ?」

「冗談言うなよ。外がどうなってると思ってやがる」

 ただでさえ標高の高い山岳地帯。生き物の気配すら怪しい雪山の上だというのに。

 その下には、得度兵器の骸が積み重なっている。うろつき回るだけでも、何が起こるかわかったものではない。

「なら、一度戻るか?」

 クーカイは問う。ガンジーは『冗談だろ』とばかりに鼻で笑う。

「……まだ帰るわけにも、いかねぇんだよなぁ」

 実のところ。ただ礼を述べるためだけに彼等は長旅を敢行したわけではない。解かねばならぬ謎が、一つある。

 それは、或る人物が、彼等の街の酒場に預けていた言伝てだ。その存在を彼等が知ったのは、あの決戦の後。託した人物について聞いた時。ガンジーとクーカイの背筋を、薄氷を踏むかの如き寒気が走った。

 あの決戦で散った、『第二位』と呼ばれる男。酒場のマスターが語る姿は、彼によく似ていた。……もしも、何か一つでも歯車が掛け違えば。彼らの街は、あの化け物によって蹂躙されていたやもしれぬのだ。

 しかし、言伝の本来の受け取り主である『彼女』は、既に彼等と共にはなく。ただ、行方定かならぬメッセージだけが彼等の手元に残った。

 とはいえ、預け人が預け人だけに、無視するのも寝覚めが悪い代物だ。

「……『2.1掛ける10の29乗ジュール』」

「どういう意味なんだろうな」

 クーカイが手に持ち、読み上げたのは。栞一枚ほどの大きさのメモ。

 ガンジーはその紙をひったくり、改めてじっくりと眺める。数字の書かれた紙片の四方の淵は、得体の知れない模様で埋め尽くされている。素材は高級そうな物だが、やはりただの紙のようだった。

 何かの符丁か、暗号か。街でもクレイドルでも解読はできなかった。故に彼等は、受取人である彼女の足跡を漁り、手掛かりを得んとした。

「……やっぱり、あの爺さんなら何か知ってんじゃねぇか」

 ガンジーは既に、何度もそう言っている。

「『大僧正』、か」

 そしてその度、クーカイは複雑な表情を返している。彼にしては、酷く珍しいことにだ。

「……扱いには、慎重になるべきとも思うが」

 そして、否定する言葉も歯切れが悪い。

 その判断に私情が混じっていることを。誰よりもクーカイ本人が知っているからだった。これは、幾度目かの押し問答。しかし、

「なら、南極に行って聞いてみてもいいんだぜ?」

「……わかった、俺の負けだ」

 はじめて一歩、そう畳み掛けたガンジーに、とうとうクーカイは白旗を上げた。

「……『大僧正』に尋ねる前に。念のため、現時点での俺の考えを整理しておく」

 頷くガンジー。

「まず、この数字。これはエネルギーの量の値だ。エネルギーが何かはわかるな?」

 曖昧に首を動かすガンジー。

「……確かなのは、こんな量のエネルギーは、地上のどこにも無い、ということだ」

「……仏舎利でもか?」

 ガンジーが問い掛ける。

「仏舎利は、単体の出力自体は実はそこまで大したことがない。アレが不味いのは、欠片一つでも徳ジェネレータ並みの出力が出ることと、それが永続する点だ」

「じゃあ、何か別のモンを指してる、ってことか」

「早合点するな」

 クーカイはそこで一度、言葉を切った。

「『今の』、地上には無いといっている」

「勿体ぶるな……よ……?…………」

 少し、考え込んで。ガンジーは漸く気付いた。

 今の地上には無い程の、エネルギー。それはきっと、世界を丸ごと変えてしまうだけの力なのだろう。

「まさか、か」

 この世ならざる、世界を変えてしまえる程の力。彼がそれを、知らぬ筈が無い。

 アフター徳カリプス。それが、今の時代の名前なのだから。

「徳カリプスで放出された、エネルギーの総量。今のところは、この位しか思い浮かばん」

 それは即ち。全人類の、功徳の重さ。恐らく誰も、計算したことの無い尺度。

「……なら、なんで、その数字が出てくる?」

「仮説の上に、仮説を重ねたくはない。ここから先は、完全な俺の想像だ」

「言ってくれ」

 ガンジーは慎重な面持ちで促す。

 真実を知りたい、というのが半分。そして、相棒だけに、それを抱えさせたくないのが半分。

「恐らく、あの男は……徳カリプスのメカニズムを解明しようと試み、何かしらのシミュレーションで、この数字に行き着いた。そういうことだと思う」

 具体的に数字が出ているということは、恐らくはそういうことだ。如何なる手法に寄って、それが導き出されたのか。彼等には、想像することすら叶わない。

 だが、それを伝えようとしているということは。

「『』と」

 そして……『早く止めねば、全て間に合わなくなるぞ』と。

 それが伝言の中身ではないかと。この紙片はそう物語っているのではないかと、クーカイは告げた。

 ガンジーは、その紙片を睨みつけるように見つめた。

 ただ一枚の紙きれの筈だというのに。何故だかそれは、とてつもなく重いもののように感じられた。


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ブッシャリオンTips 奥羽岩窟寺院都市の食糧事情

 寺院都市は元々独立したシェルターとして設計されているため、都市内の栽培プラントによって豊富に農作物を確保可能である。

 とはいえ、経年劣化や収容人数の問題等から完全に機能しているとは言い難く、また、肉類ほぼ生産の想定が無い。

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