第二節「宙(そら)への道・上」

「……残存戦力、二名……か」

 クーカイはそう口にした後、少し考えこむように顎を掻いた。

「はい。つまり私、肆壱空海と、先程失礼をした弐陸空海が、現在この寺院都市が保有する空海戦力の全てです」

 眼鏡姿の、肆壱空海と名乗った男が口を開く。

 寺院都市の地下五重塔シャフトの中を、二人の来訪者と三人の空海、あわせて四人を乗せた巨大なリフトがゆっくり降下していく。

「さんちゃん、意識が戻ってないの……」

「…………」

 弐陸空海のふと漏らしたつぶやきに、ガンジーとクーカイは、黙って顔を見合わせた。

 寺院都市の上に、黒い大仏が顕現した日から。参参空海は目覚めていない。だから、彼が何をしたのか。あの戦場で何があったのか。残された人間には分からぬことも多いままだ。

「みんな、みんな居なくなっちゃって」

「でも、一人は生きてたんだろ?」

 今まで話に置いて行かれたガンジーが口を開いた。

 出奔した肆捌空海は、少なくとも生きてきた。今は得度兵器残存勢力の籠る東国分寺を掃討しているが故、この道行きには加われなかったが。或いは、出奔した仲間に顔を合わせ辛いところもあるのだろうか、とクーカイは思った。

「うん、それに、この人も!」

「やめなさい。客人に失礼だ」

 少女型空海を窘める眼鏡の空海を他所に、クーカイは少し、複雑そうな顔をした。恐らくは、己が。既にこの世には居ない仲間と同じ顔をしているせいなのだろう。

「……問題は、これからどうすっかだろ」

 ガンジーが不機嫌そうに口を挟む。

「はい。それは、直接……大僧正と共にお話頂きたい」

 ゴウン……

 リフトが停止し、重い金属音が地下空間に鳴り響く。

「……大僧正、か」

 この寺院都市を治める謎の人物。ガンジーもクーカイも話にこそ聞いているが、生命維持装置に繋がれた徳の高い老人、という程度しか分からない。

「一体、何者なのか」

「徳が高い筈なのに生きてるってのがなぁ……」

 二人は訝りながらも、大広間へと足を進める。その、部屋の各所に通る徳エネルギーラインと、独特の壁面構造。ガンジーは、それに僅かばかり見覚えがあった。

「この構造……もしかして、徳ジェネレータか?」

「はい。この都市のエネルギーの大半は、大僧正の徳から生み出されています」

 天井を眺めるガンジーの言葉に、肆壱空海が返したその時。

『よく参れらた、ご客人』

 機械の声が、奥から響く。

 その主は、機械に繋がれ、即身仏の如きミイラとなった老人。樹木のように干からびた肌。濁った眼。身じろぎすらせぬ小枝のような体躯。袈裟の各所から伸びる、得体の知れないチューブの数々。

「あれが、大僧正」

「……ほとんどソクシンブツじゃねぇか」

「……いや」

 その、枯れ木の如き在り様に

 クーカイは。己の記憶の底に眠る、嘗て見知った男の面影を見た。

「ランダウ・グレハ。モデル・クーカイの生みの親」

「えっ、えっ?」

 弐陸空海は、驚いたようにクーカイと大僧正の顔を繰り返し見遣る。

「そして、その重荷に耐え兼ね、仏門へと逃避した男」

『……如何にも』

 それは、初期ロットのモデル・クーカイのみが知り得た事実。そして、嘗て知った者達が、敢えて秘した事実。

「成程。空海達を逃がしたのは、貴方の仕業だったか」

「クーカイ……」

 その言葉に籠る感情を、ガンジーは読めぬ。

 それは、肉親に向けるが如き、複雑な心持ちだった。そして……それは同時に。ガンジーが、十五前のあの日、失ったものであった。

『……ずっと、気に掛けていた』

「貴方が何を企んだかは知らないが。俺は、今こうして生きている」

『……あ』

「それで十分だ。それだけだ」

 何事かを言わんとした大僧正を遮り、クーカイは言葉を紡いだ。

「さて、先の話をしよう。なぁ、ガンジー?」

「あ、あぁ……そうだな」

 肆壱空海は、その様を何も言わずに眺めていた。

 モデル・クーカイ。嘗ての徳科学の一つの結晶。然しながら、その存在そのものが、仏道に対する冒涜とも成り得た者。それを作り出し、放り出した男が、尚も仏の道に救いを求めたのだとしたら。

 その心中は、果たして如何なものであったのか。

 それを語る者は、此処には最早、誰も居ない。

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