第259話「人の原理」
遠い遠い昔から。人は殖え、世界中に満ちた。しかし、それはただの前提条件に過ぎなかった。一人の覚者が木の下へ臥した時。人の知る世界は、まだ狭かった。海の向こうへ辿り着いて尚、人は海の彼方を想像し得なかった。世界は、人の夢想を超えたところにあった。だから人は、教えの下に世界を認識した。
例えば神。例えば愛。そして、例えば徳。世界を知るため、纏まるために。そのプロトコルに基づいて人は多くを見出した。数多の教えの下に世界を認識した。
そうして、徐々に。人は己の認識する世界を拡げ始めた。海を渡り、地を覆い、この星の果てを越え、三千大千世界(マルチバース)へ至る。
世界は、少しずつ変わっていった。
問題は。「その前」と「その後」を比較する術が無いことだ。
情報伝達網が世界を覆いつくした時。やがては、「その前」の世界が誰にも想像できなくなったように。たとえ世界が昨日とは全く違う姿になっていたとしても。誰も気付けない。何故ならそれは、自分の知らぬことを知ろうとする矛盾だからだ。
矛盾の裏を掻く方法は、必ずある。己で己を見られぬならば、『鏡』を作ればいい。己でない何者かに、己の姿と為すことを見て貰えばいい。数多の試みの果てに、機械知性の達成を以って、人はようやく己の歪な合わせ鏡を手にした。
これは、一つの側面に過ぎない。ただ、真実であるのは。
『
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「それ」が、果たして何を具現したものであるのか。最早、誰にも分らなかった。
瀬戸内と京都を始めとした、世界中の実験は。殆どの場合、人間に由来する徳エネルギーで行われてきた。
だからそれは、結局のところ、人の徳の結集であった。誰かの重ねた願いであった。
しかし、これは違う。誰かの願いをただのエネルギーとして窯に注ぎ、煮詰めたものだ。それを苗床として、『誰か』が星の力を汲み上げ、具現したものであった。
そして、その行いこそが。逆にその『誰か』を規定する。
疑似的な徳エネルギーとも違う。願い無き力より生まれた願い。それを無理矢理に、仏という型に押し込めたもの。それが、
「巨人……か」
ガンジーは天を見上げ、呟いた。頭上に浮かぶ、光の輪郭を伴う影絵の如き人型は。そう表現するするほか無かった。
「……つまり、他にも異能持ちが居る、と?」
「ああ……それと」
「……モデル・クーカイか」
クーカイは、何やら少年と話し込んでいる。闇が深まる夜空に、徳エネルギーのオーロラが輝き始める。その中へ溶け込むように、菩提樹(リンデン)の自壊により支えを失った巨人は崩れゆく。
その中心に、小さな泡があふれ出る。
徳の宙から引き出された『小さな泡』。それが、巨人の核だった。
その正体は。ガンジー達のフィールド・ボムで送り込まれた空間の一部だった。誰のものでもない思いが、再び地へと引き摺り下ろされ、力を得て形となったものが、巨人の正体だった。
本来の設計、即ち誰のものでもない膨大な徳エネルギーを仏舎利を基盤に固着させ、仏を現世に作り出す。その核を失い、仏に成り損なった何かは、既に消え去ろうとしていた。
もしも、力を統べる核が他のものであったなら。無色の筈の力が、誰かのものとなっていたら。結果はきっと、全く違うものになっていたのであろう。『善悪のない』力の塊は、人に災い為す魔神となっていてもおかしくはなかった。
それはきっと、誰にも知られぬ彼らの成果だった。
ガンジーは天を見上げ、それを黙って見送った。
そして魔神の全ては、泡沫と消える。今再び、地上へと喚び出される日を夢見て。
「ぉーぃ」
遠くで、ガンジー達を呼ぶ声がする。彼らが来た方角から。
「おーい!!」
肆捌空海と、頭を丸めた男達の集団だった。
彼等もまた、徳エネルギー変動による不調を克服した後、ガンジー達の後を追ってきたのだ。
「いやぁ、随分と遅れてしまったようだが、無事で何よりのよ……う……で」
そして。そう言いかけた肆捌空海の言葉が、途切れた。
「そんな……まさか。壱参空海」
クーカイの、顔を見ながら。 ,
彼の死に様を知って尚。そう思えてしまう程に。クーカイの顔は、彼とよく似ていた。
「……いや、人違いだろう」
「……そうか」
モデル・クーカイの初期ロット。同一の遺伝子情報を用いているが故の当然。しかし、其処にはきっと。意味があるのだと空海にはそう思えた。
彼は、もうどこにも居ないのだと。漸く、そう悟れたのだから。
何か失った者。喪失を受け容れた者。そして、今ひと時、失われた
何もかもを呑み込みながら、歯車は進んでいく。
そして、その日。人類は始めて、得度兵器の拠点を手に入れた。
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ブッシャリオンTips モデル・クーカイ(初期ロット)
モデル・クーカイの初期型は概ね『最初の成功例』の再現と能力因子の特定に費やされているため、同一の遺伝情報を用いたタイプが複数存在する。尚、それらの遺伝子が如何にして生み出されたかについては不明の点も多い。
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