第255話「最後の策略」
巨人の顕現と共に。演算力の均衡を喪い、自重を支えきれなくなった菩提樹(リンデン)が、柳の如く垂れながら崩壊していく。其処に在るのは最早、幽霊のようなものだ。ただ、願いのままに具現されたものが、核を失い、解けていく。
機械達にはまだ、『それ』を押し留める術はない。何故なら、ただ救うだけのシステムには、その機能は不要であるからだ。救うものが救いを求めるという矛盾など。
しかし、
「……これからは、違う」
少年は、天を見上げながら呟いた。彼は、この数時間で。余りに多くのものを見た。そしてまだ、己の見たものの意味も分かっていなかった。それでも、己の内にある力が、語りかけてくるのだ。
自分が聞いているのは、恐らくは誰かの、助けを求める叫び声であると。
それが誰であるのか。何であるのか分からない。だが、この場所ならわかる。地には、救いを求める声が満ちている。それこそ、『頭がおかしくなる』程に。
「……どうやら此処にも、中々面白い力の持ち主が在るようだが」
『第二位』が、少年に語りかけた。彼は思わず後退った。先程は無我夢中だったが、アレは恐ろしい存在だ。
「手出しをする気はない。未完成の芽を摘み取るなど。阿佛利加の件も進展が芳しくないからな。だが……」
しかし、男は。先程までとは『人が変わった』かのように。柔和な顔を向ける。
「もしも、天にまします姫君に、君の眼が届くことがあるならば。どうか宜しく伝えておいてくれ」
その心中で何が起こったのかは、異能を以てしても計り知れぬ。徳とは無縁のロジックで動く存在を、彼は読めない。
だが、菩提樹の自壊に伴い、経文の根もまた消え始めている。それに呼応するかのように先程までの光は消え……一所に固まっていた人々も、息を吹き返したように動き始めた。その中心には、ガンジーと。傷だらけの女性が居る。
「さあ、我が妹よ。共に往こう。何時かの約束を果たすために」
その方へ向かって。『第二位』は歩みを進める。
「……下がってろ」
ガンジーは採掘屋達の生き残りを下がらせる。
「……黙、れ。その顔で、その声で」
ノイラは、『第二位』を睨む。
「あの想い出を、口にするな」
そして、絞り出すように敵意を吐き出す。
「ならば、どうする?そのまま何も得られず、野垂れ死ぬか?いや、それならばせめても兄の慈悲として。此処で、何もかもを喪っていくか?」
瞬間、溢れ出たものが何であるのかは。何の力を持たぬ者でも、本能で知れた。単純な殺意。そして、物理的な殺戮だ。
ただ無造作に、彼は両の腕を振っただけだった。ただそれだけで。一番手近に居た採掘屋二人の首筋から、血飛沫が跳ねた。
「戯れの敵意を振り翳すならば。力で黙らせるのが最も早い」
仏舎利による超常の異能が無くとも。彼は、この場の全てを鏖に出来る。
「……テメェ」
ガンジーが、小さく吐き捨てた。ノイラはそれを制止する。この場で立ち回りを誤れば。彼が殺される。だが、それでも。
「……優しすぎるな。心を痛めるのは良い。だが、それに呑まれるのは、愚かだ」
「なら私は、愚かでいい」
「考えを改める気は無いと?」
彼女は、返答を躊躇う。あと、少し。まだ少しだけ、時間が要る。
彼女の感覚器官は、既に捉えている。しかし『第二位』は幸いにして、まだ気付く様子が無い。
本来のスペック的には彼のほうが優れている筈だ。ということは恐らく、この場で起こっている事象の観測に、リソースを割いてでもいるのか。
「ああ。その必要は、無い」
そして、今。
「しまった……!」
『第二位』が、天を見上げた。崩れ行く菩提樹。巨人。その『先』に、焦点が合う。
赤熱する、巨大な蓮の華のような物体。直径数十メートルに及ぶサイズのそれが、天から降ってくる。
しかし、何より重要なのは。それを使えば南極大伽藍からこの場所まで、一時間足らずで到達可能ということだ。
空中で蓮型のフェアリングが分解する。中から仏像の姿が現れる。それは一見、唯のタイプ・ブッダだった。
そう。それは、他の如何なる仏像でも覚者でもなく。他ならぬ彼の名を冠した、最初の得度兵器だった。
この混迷にも程がある段階で、態々登壇する者の名など決まっている。
「……田中、ブッダ」
「……裏切者が」
仏像の腕に抱えられた、一人の老人の姿を。機械仕掛けの眼たちが捉えた
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ブッシャリオンTips ICBB(大陸間弾道大仏)
2000t規模の搭載が可能な弾道輸送機・軌道打上機。高効率の徳パルス推進システムにより大重量の輸送を可能としているが、加速時のGは生身の人間の搭乗は想定しておらず、得度兵器の輸送の際も関節各部のロックや専用のカスタマイズが必要である。
得度兵器は宇宙への関心がまだ薄いことから、田中ブッダがプラン・ダイダロス研究施設時代の軌道連絡機を接収・改修したものの可能性もある。
本来は二段式であり、徳パルス推進を以てしても打上時重量は巨大タンカーに匹敵するレベルとなる。
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